Ⅱ・夜の鯨の依頼_1
Ⅱ・夜の鯨の依頼
翌日。鉱員たちの作業着を扱う仕立屋の前で、アステラは
(
かくして、
(六十連敗確定だわ……ああ、ロキさんになんて言われるだろう)
にやにや笑いながら柱に新しい傷を入れる姿がありありと思い浮かんで、
鉱山の底を歩く。各所で
こいぬ座は
「いくら星の子でも、親星の明るさを変えることはできないもんね……」
アステラが独り言を
「!」
見慣れた鉱山の風景にそぐわないものを目にし、アステラはさっと
視線の先に、数人の男の姿があった。
一目で分かる。この
「
星導士。星の子の中でも特に強い力を持ち、
(どうして星導士がこんなところに?)
天上世界に住まう星の子の中でもエリート中のエリート。その星導士が地下鉱山をうろついているなんて。アステラは
「しかしさすがに気の毒じゃないか? 夜の鯨の情報を寄こさなきゃ、手持ちの石を
アステラは思わず目を見張った。星導士の手には、何か
「どうもやることが
「まあ、初仕事だからな。しょっぱなから反乱分子を
「で、あの方はどこに?」
「
「うへえ、よくこんなところを歩く気になるよな。地下は
そんな
「ともかく、今晩にも
「ああ、一等星は入試の
「そう。明日には準備のために天都に戻るって。だからそれまでにケリをつけたいらしい」
「荒いなあ……急なんだよ、何もかも」
今晩にも一斉摘発? 聞き捨てならなかった。星府は
(……知らせなきゃ)
(夜の鯨の役に立ちたい……こんなときに動かなくて、何が
そう思うや、音もなく
「……まあ、綺麗だから許すけど」
「それだよなあ」
星導士たちの
暗い坑道を走り
記憶を頼りに、最短経路で進む。いつもなら何かと
不安を胸に、昨日の洞穴へ駆け込んだアステラは、直後、
「……あれ?」
がらんとした空間に、間の抜けた声を
「
「また直前に闇市の会場が
「そうなんですか、よかった……って、え!?」
「きっ」
「き?」
(き、き、
(いや、それよりも)
あまりの美貌に動転して気づかなかったが、よく見れば彼の
(星の子……星導士)
「ここで何をしていた?」
「さ……散歩、です」
「
「
アステラが首を振ると、背中で長い髪が頼りなく揺れる。青年はしかし、意に
「答えろ。夜の
高圧的に、そう
アステラは思い出す。昨日、溝鼠が言っていたこと。
──夜の鯨の居場所を
「し、知りません!」
彼女は
「星輝石を取り上げたって
「その答えは聞き
青年はうんざりしたように
「やり方を変えよう」
青い瞳をした青年はそんなことを言い、おもむろに右手を握って突き出した。アステラは半歩後ずさる。青年はにやりと笑い、手のひらを上向きに開いて見せた。……そこには、
「星輝石!」
ごく小さな、しかし美しく透き通った
(もしかして、
アステラはその星輝石に
「あっ!」
青年は
「夜の鯨の居場所を吐けば、お前にやろう。本人を知らないなら
アステラはごくりと
でも。
アステラは
「自分で言うのもなんだが、僕の星輝石は高いぞ。欲しくないのか?」
「欲しいです。喉から手が出るほど」
アステラは大きな目で彼を
「だけどあなたからは欲しくない」
アステラは
「なんだと?」
青年の声が低くなる。
(
「私たち星なしが闇市に出向くのは、
とんだ
「
予想外の
「……目的は関係ない。中央星府の許可なく星輝石を取引することは禁じられている」
彼だって、こんなところで星なしの少女に言い
「夜の鯨は
「夜の鯨は!」
アステラは声を張り上げる。大声が
「夜の鯨は、星なしに権力を
ほとばしる
「……それは反逆か?」
「うっ!」
「反乱分子は、どんなに小さな芽でも
「星に選ばれなかった者が何を口走ろうと、意味はない」
星の子が上、星なしは下。星の原の鉄の
(
この
「星なしが生意気を言うな」
青い瞳が、自覚を
アステラは
キャウン!
張りつめた空気を勢いよく切り
青年は目を細め、
「……なんだ?」
すると、そこへ姿を現したのは、
「子犬?」
ガルルル……と喉を鳴らしてこちらを
「こいぬ座の星魔法か」
青年が言う通り、その子犬は毛の先から
とはいえ、子犬は子犬。全身に
「あの……子犬相手に大げさじゃ?」
「
ぴしゃりと言われ、アステラはこいぬ座の神話を思い出した。
(あ、そうか)
そう、名前こそ
「確かこの犬、水浴びを見られて
「それと気づかず噛み殺す、
青年の
「きゃああ!」
恐怖と混乱とでうまく立ち上がれないアステラの前に、青年が立った。手には星杖。
「ほ、星魔法を使うんですか?」
「星なしは
思わず食いつくアステラに、青年はあくまで尊大な態度を
「あ、たて座! たて座の星座陣ですね!」
「
アステラの言葉で青年が集中を乱した
ガウッ!
「あっ!」
輝く毛を持つ子犬が、彼の星杖に
「こら、返せ! それはおもちゃじゃないぞ!」
青年が大声を上げる。しかし子犬は
「待て、おい、こら!」
大切な道具を子犬にかっぱらわれてはことだ。
(な……なんだったの?)
何が何だか分からないまま、アステラはゆるゆると息を
「とにかく助かった」
しかし、安心するのは早かった。またも足音が近づいてくるのを聞きつけ、アステラは今度こそ立ち上がる。さっきの星導士が帰って来たのだろうか? いや、それにしては音が重い。足を引きずって歩くような音。それは案の定、洞穴の入り口で止まる。
アステラは目を細め……直後、驚きの声を上げた。
「え? ロキさん!」
現れたのは、見慣れた便利屋の青年の姿だった。
「アステラ、闇市には来るなって言ったな?」
いつもの
(いや、ちょっと待って)
アステラの危機を察知したかのように
(ロキさん、さっきの星魔法……もしかして)
「でも、だって、星魔法は使わないんじゃ」
彼は答えず、おぼつかない足取りで近づいてくる。そういえば、足音が変だった。明らかな異変に気付き、アステラは駆け寄った。
「だ、
見れば、彼の額には
「え?」
熱い。アステラはびっくりして、急いでマントをめくる。
ロキの
アステラは昔からこれが怖かった。でも、ただの
「ど……どうしたんですか、これ」
ロキはアステラの
「ロ、ロキさ、」
ロキの
「もしかしてこれ……星魔法、使ったから?」
ロキは
「ゴルゴンの目だ。
アステラは
(ロキさん、星魔法を使わないんじゃなくて、使えなかったんだ)
「そんな……いったい
星魔法を
「でも、じゃあ、……どうして?」
身を
「相手があいつじゃなきゃ、適当に星輝石
「あいつ?」
アステラは
「ロキさん、あの人のこと知ってるんですか?」
銀髪に青い
ロキは口を開かず、ただ
「まさか、ロキさん……星導士だったの?」
アステラは自分の過去同様、ロキの過去も知らない。でも、考えてみれば彼も星の子。ありえない話ではないのだ。
ロキは
「どうして、ここまで」
罪悪感が胸を
彼がここまでしてくれた理由。危険を
(私のために?)
しかし、ロキはさっと目をそらし、冷たく答えた。
「……仕事だからな」
アステラの心が、がしゃんと
(私のことが大事だから、無理して助けてくれたなんて、思っちゃった。
思わず
(でも、だとしたら)
彼の左手が視界に入った
「ここまですることないじゃないですか」
「たいそうな言い方だな」
ロキはよろめきながら、なんとか
「俺が来てなきゃどうなってた? お前が言いつけを破って
アステラはひるみつつ、それでも言い返した。
「今日中に
「そりゃありがたい話だな。で、どうなった? めでたく二人して死にかけだ。家で大人しくしてろって、何度言ったら分かるんだ」
ロキの言い分も理解できる。だけど、だけど、アステラは、
「だけど私!」
「アステラ」
「私だって、」
「お前に何ができる!!」
ロキの大声が、
──お前に何ができる。
星なしのくせに。
アステラには、そう聞こえた。
「……
アステラは首を
アステラは星なし。星魔法は使えないし、記憶も親類も仕事もない。だから……、
彼女は静かに切り出した。
「ロキさん、私もう十六です。いつまでも子ども
「何が言いたい?」
「
(いくら仕事だからって、こんなになってまで守る価値、私にあるの?)
アステラの声が震える。
「星なしだし、万年クビだし、何の役にも立たない……だから夜の
私は星なし。そう唱えるのは、アステラなりのけじめだった。生まれ持ったものをいったん
「これ以上
「そんなことしない。アステラ、ちょっと落ち着け」
「今のままはもう嫌なんです!」
「夜の鯨に会わせてください」
どれもこれも、アステラが何も覚えていないせいだ。何も持たないくせに、
「本当のことが知りたい」
それがどんな結果を招くとしても、アステラは今、心からそれを求めていた。無茶な頼みだとは分かっている。それでも、口にしないと、折れそうで。
ロキは無表情でじっと黙っていた。そしてアステラにたっぷりと
「本当に知りたいんだな? 後悔しないな?」
そう、
条件反射で
(……え?)
「お前ももう十六か」
小さな声で
「ちょっと前まで、あんなに小さかったのにな」
そう言い
「帰るぞ」
無言のまま帰宅する足取りは重く、空には雲が垂れ込めて、今夜は星も見えない。
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