Ⅰ・星の子と星なし_1


Ⅰ・星の子と星なし



 星の光には、不思議な力があるのだという。

 夜空にかがやく星々が、力の使い手として選んだ子どもたち。星に愛され、星の光を身の内に宿して生まれてくるその人々は、星の子と呼ばれていた。

 しかし、星はそれぞれ一人しか子を選ばない。夜空に星多しといえど、目に見える星の数はたかだか数千だ。

 星に愛されず、選ばれなかった人々。星なしと呼ばれる……星の光を持たない人々の方が、星の子よりも、ずっとずっと多いのだ。




 冬の夜空はさわがしい。

 空気がかんそうしてわたった暗い天幕に、他のどの季節よりも多くの一等星が輝く。しっかり着込んで星空散歩を始めるなら、まず探すべきは、冬の大三角。

 言わずと知れたかりゆうどオリオンのみぎかたには、赤く燃える星ベテルギウス。その足元で青白くせんれつな光を放つのは、おおいぬ座のシリウスだ。そして兄弟犬に負けじと輝く、こいぬ座のプロキオン。三つの一等星を?げば、大きな三角形がかび上がる。

 これが冬の大三角。これを道しるべにすれば、明るい星の多い冬の夜空でも迷うことはない。

「ああもう!」

 見上げた視線を地上に下ろそう。

 夜空に八十八の星座があるように、地上も八十八のせいに分かれている。それぞれの星区は春夏秋冬の四つの宮にまとまっており、そのうち首都機能をになうのは冬の宮だ。ちょうど冬の大三角を地上に写し取ったあたりが、この世界・ほしはらの中心である。

「ついてない!」

 ここは冬の宮、こいぬ区。その名にふさわしく、こぢんまりとしたせまい星区だ。とはいえ、星の原では区の面積それ自体は問題にならない。星区は横だけでなく縦にも──垂直にも、広がっているからだ。

 夜空から遠く離れた地下鉱山。

 せん状にけずり込まれたきよだいてんりの底に、彼女の暮らす街はあった。

 四方八方に伸びたこうどう、それらを?ぐエレベータと鉱山鉄道。ランプを手に行き交うのは、のみや金づちでさいくつ作業にいそしむ鉱員たちだ。彼らは一日のほとんどを土の中で過ごす。そして日々、ある特別な石を掘り出すのだ。

 とはいえもう夜。採掘作業はとうに終わり、鉱員たちも穴の底にある自分たちの家へと帰った後だ。彼女が道を急ぐのには理由があった。

「直前に場所がへんこうされてたなんて!」

 暗い坑道を走りけながら泣き顔でそうこぼしたのは、がらな少女だった。生白いはだは鉱山暮らしのあかし。大きなベレーぼうの下の長いちやぱつを、耳のわきで二つくくりにして垂らしている。よく動く大きなひとみは、不思議なこんいろをしていた。

 彼女の名前はアステラ。もうすぐ十六歳になる。

「しかもたまたまエレベータが整備中で、鉱山鉄道は目の前でのがして、泣いてる迷子を拾って、その上通行止めに三か所もひっかかるなんて!」

 アステラの法則一、急いでいるときに限って不測の事態がひんぱつする。ついてない、ついてない、と何度もつぶやきながら、彼女は古びたトロッコ用のレールの上を走った。

 そして息を切らし、アステラがけ込んだ先は、

「よかった、間に合った!」

 かつての採掘現場あと、だだっ広いほらあなだった。地下にはこういう空洞がごまんとある。その一つに今夜こうして商人たちが集まり、簡易のてんが数十てんそくせきの市場を開いていた。

「そろそろ店じまいだぜ。目当てのものがあるなら急ぎな」

 すれちがった人にそう声をかけられ、アステラはさつそく、手近な露店に目をやった。

 そこには、形も色も様々な石が並んでいる。小指の先ほどの大きさのものから、こぶし大のものまで。整ったけつしよう構造を持つもの、球形に削り出されたもの、ぞろいなさざれ石……、どれもしんにはほのおのように燃える不思議な光を宿していて、言いようもなく美しい。

 これが、せいせき

 星の原じゅうの鉱山で日々掘り出される、特別な石だ。

「なんてれいさん型結晶。きっと海にまつわる星座の石ね。ああっ、うそでしょ! しし座のデネボラ石がこんな安値で!? 二等星の石に二万ルクス台で出会えるなんて、せきだわ……」

 アステラは露店の間をねるように走り回り、こうこつのため息をらしたり、しんけんさいとにらめっこしたり、ばたばたといそがしい。そんな彼女をあおるように、商人たちの声が飛ぶ。

「いて座から直送、三等星のアルナスル石! ぜぐすりになるよ! 今日は特価だ!」

「おじようさん、おとめ座の石はいかが? 美容に効くよ」

「お客さんの中に鉱員の方は? ようすい設備のはいすい力不足にお困りなら、ポンプ座の石粉を!」

 そう、ここは星輝石の市場だ。

 星輝石、それは星の光を宿す特別な石。人知のおよばぬ不思議な力を持っている。つうの薬では治らない病をいやす石や、一かけらで家じゅうを暖める石、パンの味をよくする石。その石が宿す親星によって効果は異なるが、いつぱんに明るい星ほど力が強く、比例して高価になる。

 薬になり、燃料になり、照明にもなる星輝石は、星の原ではゆいいつ無二の鉱山資源だ。

(いけない、つい目移りしちゃった)

 アステラは深呼吸した。冷やかしに来たわけではない。彼女には探しているものがあった。

「今日こそ出会えますように。『ダイヤモンドの中の花』……」

 そう呟くと、アステラは年老いた商人の露店の前でひざを折った。

 広げた布の上には木製のたながいくつも置かれ、ところせましと並んだガラスケースの一つ一つに星輝石が入っている。アステラはかばんからルーペを取り出し、入念に調べ始めた。

「お嬢さん、何かお探しかね?」

 老店主が声をかけると、アステラはうなずき、こうたずねた。

ダイヤモンド型のはありますか?」

ダイヤモンド型? ずいぶん値が張るぜ」

 親星によって、星輝石の色や形はばらばらだ。ダイヤモンド型と分類される星輝石は、きわめてかたく、すぐれた輝きを持つことで知られる。もちろん石の力は最強で、希少なため価値も高い。

ダイヤモンド型ってえと、シリウス石かベガ石くらいのもんだろう。どっちも一等星、おそろしく高いぞ。お嬢さんみたいな若い子が、どうしてそんなものを?」

 アステラは大きな紺色の目を見開いて、迷いなく答えた。

「ダイヤモンドの中の花を探してるんです」

「はあ? そりゃどういうことだい?」

 老人は不可解なおもちで尋ね返した。アステラが説明しようと口を開いたとき、

「見つけたぞ、アステラ!」

「きゃっ!」

 うでつかまれ、アステラは無理やり引き上げられた。あわててあおぐと、

「ロキさん!」

 そこに立っていたのは、背の高い青年だった。

 ロキと呼ばれた彼、年のころは二十代半ばほど。やわらかそうなきんぱつで、長いまえがみが目にかかっている。つんとすました高い鼻に、ややり上がった目。美しく整った顔立ちだが、左手のこういれずみが、人を遠ざけるように悪目立ちしている。へびからみついたがらのこの黒い刺青は、彼の左腕をい、ひじのあたりまで続いていることを、アステラは知っていた。

「こんなところで何してるんだ? 万年クビむすめ

「うっ、もうバレてる……」

 アステラはきゅっとかたをすくめた。どうしてこの人は、アステラのクビ情報をだれより早くぎつけるのだろうか。

「ここには来るなって言ったろ。帰るぞ」

 ロキはおこったようにアステラの腕を引く。

「あ、ちょっと、ロキさん!」

 どきん! アステラの心臓が跳ねた。と同時に、紺色のひとみいつしゆんだけ、赤く光る。

「あ、あわわ!」

 がしゃああん!

 ロキの手を振りはらったひように足をもつれさせ、よろめいたアステラは……、こともあろうに、老商人の露店の棚にたおれ込んだ。

「アステラ!」

 ロキがすぐさま彼女をき上げる。アステラはふらつきながらなんとか立ち上がった。

「アステラ、だいじようか? 痛いとこないか?」

「わ、私は大丈夫です、けど……」

 アステラは目の前の露店に恐る恐る、目をやった。

 倒れた棚がとなりの棚へ、そこからまた隣の棚へ……、不運は計算されたかのように美しくれんして、棚という棚をなぎ倒し、ガラスというガラスを割り、そしてついには隣の店にまで、盛大な雪崩なだれを起こした。

「……嘘でしょ」

 アステラの顔はそうはくを通りしてほとんどき通っている。

「お客さん、困るよお!」

 大災害からなんとかげ出した露店主は、巻き上がるすなけむりの中、なみだごえで言った。すような視線が、小柄な少女に一点集中する。

「ご……ごめんなさい」

 消え入りそうな声でそれだけしぼり出したアステラ。その背後で、ロキは重いため息をつく。

「……相変わらずだな、アステラ」

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