2_2
道長と吉昌とは、まだなにか話があるらしい。それはとても重要なことで、まだ半人前の昌浩が同席していてはいけない
「昌浩、
道長がそう言ってくれたがさすがに辞退して、昌浩は許しをもらって東三条
さすがに広い。この広大な邸宅を更に囲んでいるのだから、その広さたるや。
「庭だけでうちが収まりそう…」
てくてくと歩きながらつぶやくと、となりの物の怪が同意した。
「そーかも。さすがだな、藤原氏一の実力者だけのことはある。でも、こんなに
藤原初代の
昌浩は目を見開いた。鎌足といったら、数百年以上前の人だ。
さすが物の怪、ことあるごとに自分はものすごく長生きしてるんだぞと、
「もっくんさぁ、俺と
この物の怪は、ただの
自分は物の怪のもっくんと呼んでいるが、本当は彼にはもっと立派で、きれいな名前があるのだ。その名は特別で、彼が選んだ者にしか呼ばせないという。
昌浩は、その名を呼べる権利を
「最初は、化け物も
「……うん。で?」
よいしょと後ろの足で直立して、物の怪はなるべく昌浩の視線に近づくように
昌浩は手を
「もうすぐ元服だし、一応一人前になるわけだし?」
「格好だけな」
「そうだけど! ちゃんと頑張って修行するさ。だから、……じい様のとこに
物の怪はなるほど、と
物の怪は、晴明と取り決めをして、昌浩についているのだ。異形の見えない昌浩のために、危険なことがないように、と。絶体絶命の
だが、今は失われていた見鬼の力も戻り、少々危なっかしいがひとりで
だから、と。一応、昌浩なりに気を遣ってくれたわけだ。
池沿いに歩いていくと、小島にかかる橋がある。それを
「ま、もっとももっくんが俺とどーしても一緒にいたい、っていうんなら、別にいいんだけどさ」
昌浩の言葉に、物の怪は
「なんだよ、それは。お、もしかして昌浩、俺がいなくなると
「
反論する昌浩の頭をわしゃわしゃとかき回し、
「そんなに寂しいんなら、しかたがないからいてやろっかなー」
動物走りで
「いらんっ!」
「照れない照れない、いやぁ
むきになって追ってくる昌浩に
昌浩は物の怪を追って邸宅の奥のほうに入り込んでいった。確か、このあたりは
「どこだ?」
大声を出す気にはなれず、昌浩は視線を走らせて物の怪を探す。
対屋の簀子の下に
「見つけた。ほら、もっくん帰るぞ」
物の怪は、伸ばした手に簡単に
昌浩は
「もっくん、どうした?」
「……なにか、いるぞ」
「ここに? でも、俺なにも感じないけど…」
物の怪は首を振った。
「ここにじゃない。ここにじゃないが、…そうだな、ここには
「なにか…?」
昌浩は、振り返って
ここは、内覧藤原道長の
東三条邸の歴史は古い。道長が五、六代目だというから、相当なものだろう。
古い邸には、
それとも。
「道長様を
さすがに声をひそめて昌浩がつぶやくと、物の怪はそれは否定した。
「いや、呪詛の類じゃないな。…ていうか、昌浩、それくらい自分でつきとめろよ」
「えっ。だって、俺まだ半人前だしさぁ」
ごまかすように頭を
「この間は、半人前だって言ったら文句たらたらだったくせしやがって。都合のいい
そのとき。
「あなたたち、なにしてるの?」
高い、少女の声だ。
少女が、不思議そうな顔をして自分たちを見下ろしている。あどけなさの残る、可愛らしい女の子だ。年は、昌浩と同じか少し下か。
「なにをしているの? その生き物は、なぁに?」
首を
「えっ、きみ、これが見えるの?」
「これ言うな」
話し声がするから、この東北対屋から出てきたのだろう。ということは、道長の
昌浩の肩に乗って、物の怪は少女を見つめた。
「左大臣の
すると、姫は楽しそうに笑った。
「でも、晴明様が守ってくださっているもの。だから
なるほど、晴明が。
「あなた、今日吉昌様といらしたっていう子?」
「うん、そう。昌浩」
「昌浩ね。
名も知らない姫は、楽しそうに聞いてくる。
昌浩は少し
「晴明様のお孫さまだもの、きっとすばらしい陰陽師になるわね」
むか。
昌浩は
「じい様の孫じゃなくたって、すばらしい陰陽師はいっぱいいるよ」
まったく、どこに行っても「安倍晴明」の名前はついて回る。もしかしなくても、この先一生ずっと自分は「晴明の孫」なのか。
いやいや、いつか必ず「昌浩の祖父」と呼ばせてみせるぞ。
姫は目を丸くした。それから、声を立てて笑う。
昌浩は、驚いて彼女を見つめた。姫はひとしきり笑ってから、目元ににじんだ
「そうね、そうだわ。ごめんなさい」
「いや、別にいいんだけど。…俺、もう行かないと」
さすがに、そろそろ寝殿に戻らないとまずいだろう。寝殿からは庭が見通せる。見えるところにいないと
いくら自分が元服前で、この姫が
「じゃあ、お
一応
姫は昌浩をじっと見送っていた。振り返った昌浩に、
「貴族のお姫様って、みんなああなのか?」
突然現れた見も知らぬ相手に
「へたに見えると、おっかながって
子供というのは、異形の
だからなのだろう、対屋には、晴明の
彼女に物の怪が見えたのは、物の怪が害を
「見えたって気にしなきゃいいだけの話だが、女子供だからなぁ。やっぱりすげぇな、晴明は」
晴明の評判が良いと、物の怪としてはさりげなく
「まぁまぁ、
「それにしても?」
物の怪は、意地の悪い
「
昌浩は、無言で物の怪を
昌浩が寝殿に
「では、これで失礼させていただきます」
「うむ。
「はい」
道長に一礼して、吉昌はきびすを返す。昌浩もぺこりと頭を下げると、左大臣は破顔した。
「またいつでも来るといい。わたしには八つになる子がいてな、将来仕えることになるだろう」
「はい」
頷きながら、昌浩は考えた。ということは、あの姫の弟か。どんな子供なのだろう。こんな大貴族の
もう一度頭を下げて、昌浩は道長の前を退出した。
中門では、吉昌が
「父上、お待たせしました」
急いで
西洞院大路を北に向かいながら、吉昌は元服の
加冠役というのは、後の後見にもなる大事な役割だ。加冠役の地位によって、出世が決まるといっても過言ではない。
「誰なんですか?」
「
年は二十八歳で、同年代の貴族の中では
なんでも、以前
道長にしても、将来有能(予定)の陰陽師見習を自分の手の内にしておきたい。行成の申し出は、道長にとっても願ってもないことだったのだろう。
時の権力者が自ら
約束されたはいいのだが。
昌浩はなんともいえない気分で考え込んでしまった。
これで、役立たずの大して実力もない陰陽師になったら、しゃれにならないぞ。
過度の期待はものすごい重責だ。
やれやれと息をつき、昌浩は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます