あしおと、爪痕、ENTER KEY⑧

「ちょおーっと待ったアっ!」

 突然な瑠璃の雄たけびに、三子の語りがプツンと妨げられる。

 急にドバンと両手をテーブルについて立ち上がった友人に真央と三子は反応できない。

 真央の耳に周りの喧騒が戻る。

「大事なところで止めたのは悪いわ。ま〜ず、そう思う」

 神妙なのに、芝居がかったテンションで瑠璃が呟く。おもむろに左の懐に手を差し込む。

「三子のストーカー被害の話は絶対に解決したい。異論は、ない!んで、――――。」

 一息溜めて、叩きつけしは、黒革の名刺入れである。

 真央も三子も瑠璃の醸しだす黒い空気にツッコミもできず、遠い目をして見守るしかない。

 瑠璃がテーブルに名刺をトランプマジックがごとく扇状に綺麗に広げてみせた。

「無駄にうまい!・・・」

 滑らかな手付きで名刺入れから複数の名刺を出す瞬間がわからなかった。

 ようやく漏れた真央の呟きも受け流し、瑠璃が見せた名刺には、

【群馬県警察生活安全部 子供・女性安全対策課――】

【RGAセキュリティサービス】

【すその上毛探偵事務所】

【比良坂綜合法律事務所】

「三子さんに質問です。」

 名刺を広げた手はそのまま、左手は腰。うつむきがちに目をつぶる瑠璃が低めに抑えた声で言う。

 キメ顔だった。

「あなたのストーカー対策で、具体的に準備できているの内容はどれだけありますか?」

「・・・・・・警察の方が私の家の周りを密に巡回してくれてます。父が雇ってくださった民間のボディーガードの方達ともこの後合流して、当面の間は登下校も併せて毎日の警護をしてくださる予定です。」

 できる女教師な風情を出さんとした顔色で、質問を向けられた三子が若干怯みながらも答える。

「さすが、お金持ち。なかなかの素早い対処。でも、まだまだツメが甘いわね。」

「・・・・・・ツメ、甘いんでしょうか? 」

「そうね、長野県の激甘お菓子くらいには、たっぷり甘々だわ」

「ローカルネタで来ましたね・・・・・・。では、先生、これから私はどうしたら良いんでしょう?」

 二人の間に展開する正体不明の緊張感。

「――まず、警備の人達に女子はいるの?まあ、答えはすぐわかるでしょうけど。今日のところは・・・・・・。真央ッ!」

「あたし?」

 蚊帳の外だなあと、のんびり茶飲み態勢で先生の一人舞台を眺めていようかというところに予想外の指差し。

 こてん、と首をかしげ答える。

「あなたです。この後の予定を教えなさい。」

 演劇は続くらしい。

「講義は5限までだね。夕食当番くらいしか今日は他に予定ないよ。でも、まあ周平に変わってもらえば良いからフリーになれるね。」

「宜しい。なら真央のしじゅうはっ―― 。」

「ストップ!せめて48の殺人技にしてッ!!」

「――採用!あんたの殺人技を活かす時が来たわ。今日から変態とっ捕まえるまであんたが三子の専属ボディーガードになるの。」

 不敵な笑みでうなずく瑠璃。

「殺っちゃっていいんですね、先生。」

 悪のりする真央。

「――瑠璃ちゃんのは毎度の下ネタで驚きませんけれど。真央ちゃんのは護身術の真逆ですね。どこかで聞いた気もしますし。一度カチンコ鳴らして切り替えた方が良いのでは?」

『・・・・・・』

「――申し訳ございません・・・・・・。腰を折りました。瑠璃ちゃん、続きをどうぞ」

 三子がノリを粉砕されて沈黙する二人へと救いの手を差し伸べる。

 気を取り直す二人。

 咳払いして瑠璃が口を開く。

「だから、真央は今日から三子の大学内での護衛役ね。」

「押ッ忍!そういうことなら任されまぁす。」

 真央は嬉しそうに頬をゆるめて右拳を挙げる。犬ならしっぽをブンブン振っているだろう。

 大真面目に相槌をうちながら瑠璃が三子に、また話を向ける。

「三子、警察の中でも名刺の人なら親身に相談に乗ってくれるわ。毎日来てもらうとかは難しいかもだけど、頼って間違いなしね。警備会社にはもう依頼してあるみたいだけど、今の会社が頼れなかったら名刺の方に連絡して。探偵も相手の情報ゲットとか、私の名前出して依頼したら高速で調べてくれるはずよ。んで、こっちの弁護士さんはストーカー被害対応の実績ならお金持ちの顧問弁護士にも負けてない。アテになるわ。」

 瑠璃が慎ましい胸と組んだ腕ををそらして、得意気に笑った。

「ありがとうございます、瑠璃さん。頼りにしますね。」

 三子が微笑みで返す。

「それはそれとしまして。他に言いたい事があるのでは?」

「・・・・・・はて?」

 得意気な姿勢のままフリーズする瑠璃。どこか苦笑いめいた微笑で佇む三子。

「瑠璃さん?」

 伶俐な視線が瑠璃に突き刺さる。

「・・・・・・す、ぃません。実は今日これから医大生との合コンという名の決戦がございまして。」

 感情の死んだ目線を彷徨わせた瑠璃が答えを絞り出す。

「今日だけは、どぉおしてもはずしたくないわけです!三子さんが大変な時に、アホかと言われるかもしれませんが、今日の合コンは私がずっと準備してきた合コンでして、まさに今日は将来のための天王山と言いますか、A5ランクのお方とようやくお近づきになる千載一遇のビッグチャンスなのでして。ここはどうか!今日だけは私と真央に免じましてここはどうか、ひとつ今晩だけはお許しいただけませんでしょうか?明日からは絶対にワタクシめも全力でストーカーなんて、ブチブチにぶちのめして3人で大学生活満喫できるよう頑張りますゆえどうかひとつ、何卒お許しくださいませませです!」

一気に口上をまくし立て、手本のごとく90度の美しい角度で頭を下げたのだった。







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