あしおと、爪痕、ENTER KEY⑦

 伊藤京一が枕に包帯に覆われた頭をぐったりと預けて深い吐息を吐く。

「少し、休みますか?」

 パイプ椅子に腰かけた小井土大吉は、伊藤京一の顔色を窺う。

 濃い消毒液の匂いに包まれ、医療機器の電子音のみが規則正しく響いている。

 白一色の清潔感あふれる病室内に弛緩した空気が流れた。

「いえ、・・・・・・。もう、本当にすみません。私も、未だによくわかってないんです。夢じゃないからここで寝ているんですけれどね。」

「そんな、何をおっしゃいますやら。大変な時に時間を割いていもらって、申し訳ございません。退院されてから聴取に伺えてれば良かったんですが。」

 大吉は髭面をしかめっ面に歪めて謝罪した。ペンと黒革の手帳を持った手を膝に落とす。

 傍らで組んだ腕にジャケットをかけた相棒の青年が身じろぎした気配が伝わる。

「ありがとうございます。続けて下さい。」

 伊藤京一が静かに笑みをたたえて小さくうなずいてくれたのを受けて大吉は再びペンを構えた。

「その夜は何事もなく終わったんですか?」

「・・・・・・そうですね。妻と息子にはその晩にはもう、妙な様子はなかったような覚えがありますが・・・。」

「――あなたは違った?」

「はい。とこにつくまで、気配がしたんです。耳元で生臭い息遣いを感じたり、念仏みたいにぼそぼそ呟くような声を聞いた気がしたり、物陰に影がよぎるのを見ることがあった、と・・・・・・。」

 伊藤京一が言い澱む。

「確かにあなたは出会って、眠れなかった、悩まされた、ですよね?」

 大吉は無邪気にも、崩れた感じが漂うようにも窺える笑顔をこぼし、ただ先を促す。

「はい。はい、そうです。」

 全身に包帯を巻き、脚も吊るされた痛ましい姿の伊藤京一の姿を冷静に見据えて大吉は、続きを待つ。

「始めの日から2日経った、その夜です。」

 唾と一緒に怯えを呑み、彼はその夜に触れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る