あしおと、爪痕、ENTER KEY⑥

襖一枚隔てられた向こう側、漏れ聞こえたのは笑い声。幾つもの、幼い笑い声。じゃれあうような子供の声。

潮が退く。血の気が退く心地に青ざめる。

時計の短針は10、つまり22時を指していた。そんな時間に誰が?優真以外に誰か?

私は後ろを振り返ることもできず、固まっていました。

「――ひっ」

はからずも吐いた吐息の先、大人の指2本分ほどか。

いつのまにか襖が開かれ見えた黒々とした暗闇な黒。

隙間に見えてしまったそれは、穴。

ただ、2つの、孔。

足下からねめつけてくるそれは目。

目だけが。

白目なく、黒で塗り潰され虚ろで生きていない活きてないイキテイナイ不安で不吉で、底無しの真っ暗闇な死の――。

気がついたら襖に手を掛け開け放っていました。

小気味良い襖の立てる音とともに映ったのは。

「あ~。おかえりなさい、パパ。いまねヒーローライダーを、あっちゃんと、へいくんで楽しかったよ。パパも遊ぼう!」

お気に入りの特撮ヒーローの人形を右手につかんで息子が脚に飛び込んできていました。無邪気になついてくる優真に私は吐き出そうとした言葉を呑み込んで、

「ただいま、良い、子にしてたか」

「うんっ」

いつものやり取り。しかし、流すのは無理でした。

「ひとりで、ヒーローごっこしてたのか?」

聞きました。

「みんなといっしょだったよ」

喉のどこかしらかで酸っぱい引っ掛かりがこみ上げて二の句も告げませんでした。

「楽しかったよね、優真。お友達がいっぱいきてくれて良かったね」

「うんっ。また来てくれるよね」

「うんっ。もちろん、来てくれるわよ。ねえ、あなた」

よく知っているはずの妻と息子に、はじめてゾッとした。


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