あしおと、爪痕、ENTER KEY②

講義の後、事務員達が片付けにせわしく動いている。

開かれた両開き扉から廊下に出てすぐ左手に上下段の階段がある。

物陰に、湿気をはらみつつある空気に溶け込むようにして佇む人影がひとつあった。

階段の向かいにある窓からキャンパスを覗いたなら、たくさんの人が行き交う真っ只中、連れの女子に引き摺られて走る真央を簡単に捉えられただろう。

しかし壁に身を預けた人物の視線は黒板消しクリーナーの駆動音が響く扉の内側に向けられていた。

(あの、間違いなく観えていた。)

ワイシャツに弛めのネクタイ、スラックススタイルの青年の表情からは、憐れみか、痛みを堪えるようにも諦めとも掴みきれない複雑な感情が発露している。

(さっさと片付けるつもりでいたのにな。後、何日かかかる仕事になるかもしれない、か・・・・・・。)

微かに洩らした吐息が日陰に染み入る僅かな。彼はもう跡形も残さず消え失せていた。


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