護人(まもりびと)4

 客室清掃の作業服に全身を包んだ3人。シルエットでかろうじて女性とわかる彼女たちが開いた扉から無言で侵入。すまきにされた男の首に薬剤を注入し、両手親指同士と足首に手枷、足枷をはめる。ここまで数秒。

 作業を確認した月代は、血の糸を解くとレコーダーの巻き戻しのように指先に血が帰っていった。

 作業服達は男を折り畳むようにして素早く掃除用カートに詰め、ベッドシーツをかけて転がして行く。

 会釈すらなくエレベーターから去った3人組を見送ると、月代も廊下へ出て非常口の案内看板に従い歩きだした。

 右手首にはめた腕時計に似た骨伝導電話のボタンを11回押す。

 右手親指の腹をこめかみの下の骨につける。2回のコール音で、

「お疲れ様。UM《アダマント》機関への引き渡し、終わった? 」

 落ち着いた、女性の澄んだ声音が鼓膜に届いた。

「はい。無事に完了しています。僕もマルタイの所まで戻るところです」

 階段を上階へと脚を進め始める。

 人気のない空間に硬質な足音と彼の声だけが小さく響いていく。

「うん。よくやってくれたけど、夜行やこう君はそこでUターンね。新しいお仕事入ったからそっち行ってもらうから」

「・・・・・・ハイ?」

 シリアスな事態の最中に、空気を読まない、かつ意味不明な言葉を吐かれると人間もパソコンのごとくフリーズするらしい。夜行はハッと我に返ると、

「え~~、ツッコミどころ満載でどこからどう弄ったいいのかわからないけど・・・・・・」

 どうにか言葉を絞りだして、

「この際、状況中に僕の名前を呼んでくれたことはスルーするとして!新しいお仕事、の意味が、さっぱり、わかりません!!まさか僕に今の警護の仕事から外れろなんて言わないですよね? 」

「あら、あらあら、あらあらあら。夜行君、分身の術使えたっけ?無理でしょー。じゃあ一度に別々の土地で別々の仕事なんて、できないでしょ?それとも、私の知らない内にドッペルゲンガーなんて飼ってたっけ?」

「――んな訳あるかっ!」

 女性にしては低くクリアな声で。

 しかし吐き出されたふざけた内容に、つい怒鳴ってしまう。

「僕が言いたいのは」

 気を落ち着かせるため一息そっといて、

「裁判までまだ時間があるのにホテルを移った当日から、創能力者オリジネイターの襲撃にあった。すぐに第2、第3の掃除屋が来る。その内の何人か、いや、もしかしたら全員が少龍シャオロンホルダーの可能性もある。

 僕は増員を要請するつもりだったのに、減員なんて馬鹿げた話まともに聞いていられないだろ?せめて訳ぐらい教えてくれ、遠子姉」

「――どうどうどう。セオリー破りで言ったら夜行君も大概じゃない?て、感じだけど。そうね。今日まで頑張ってくれてた夜行君からしたら、もっともだし。私もちょっと夜行君からかうの楽しくて調子に乗っちゃったし、ちゃんと説明したげるから」

 すると夜行のスラックスの右ポケットに入れたスマホが受信のバイブで震える。

「新しい仕事の詳細はメールで送ったから後で確認してね。

 で、坂東さんの警護だけど、葉介ようすけ君が合流してる頃だわ。井上班長と、外にいる鬼周きしゅうさんにはもう交代の件は報告済み。だから減員はしてない。

 問題は追加の人員ね。よこしたくっても、無理。誰もいない。すっからかん。でも新しい依頼の件も断れない。

 そっちにどおしても、誰か一人だけ派遣するなら、今ウチで動かせるメンバーの中では夜行君、君だって私が判断したわ。」

 夜行は答えず、『スカイハイ・ダウン』を発動。左手で壁に触れて能力で走査をしかける。すぐ一人のよく知っている気配が先程まで自分のいた客室内に立っているのを感知した。

「・・・・・・葉介君いるの、わかってくれた?後は探女さぐめさんだけど呪触媒フェテイッシュ調達の旅からまだ帰ってこれないらしいの。昨日連絡くれたのフランスのハートフィールドの森だったのよね」

「・・・・・・・・・・・・・」

「夜行君~。生きてる~?もしも~し」

「――あの人、前回ホノルルに仕入れ行った時マラソンにも参加してたよな」

 夜行は壁の染みを濁った目で見詰めながら呟いた。

「ハートフィールドの森がどんな場所か知ってる?くまのプーさんだぞ」

「いやいやいやいや。君の言ってる意味が、ちぃともわかんないんだけど?」

 夜行は重々しく空いた右手のひらで額を覆ってうなだれてしまった。

「あの人の行った森は、くまのプーさんの故郷だよ。賭けてもいいけど観光してるぞ。遊んでるぞ。捕まえて、連行して来い! 」

 これで問題は解決である。

「う~ん、私が行ってもいいけど今からじゃ間に合わないでしょ~。すぐ向かってもらわなきゃいけない仕事なのよ。残念だわ~。夜行君の希望聞いてあげたいんだけどねえ。ホントに残念だわ~」

 希望は一瞬にして泡のように弾けて消えてしまうものらしい。世の中、ままならないものである。

「――何よりウチで探索から戦闘まで、万能にこなせる人材って言ったら君でしょ。だから、私の判断で依頼人にも夜行君が警護に当たるって伝えたの。夜行君の略歴伝えたら快く任せてくれたわよ」

 うさん臭い・・・・・・。

 嵌められている気しかしないのは何故だろう。夜行は疑念をぶつけることにする。

「――何、隠してる?そもそもウチが依頼を断っても他に仕事が流れるだけだろ。どうして依頼人はウチにこだわるんだ?」

 しばし沈黙。だが夜行にはわずかに怯んだ気配が伝わってきた。

「ア、イエ、ベツニナニモナイデスヨ?」

「何で片言!? 」

 都合の悪いことを聞かれているのが明らかすぎる反応である。

「・・・・・・そうね。説明するって言ってたものね。オーナーと依頼人が親交が深くてね、そのジジイと私も顔馴染みで、どうしてもって押しが強くて断りきれなかったのよ。あのクソジジイがウチにこだわる訳は今は言えないわ。仕事が終わって、依頼人が許可しない限りは誰にも話さないことも契約に入ってるから守秘義務が発生してる。ごめん!ここはあのスケベじじいから私を助けると思って、ひとつ頼まれてくれないかしら」

「・・・・・・遠子姉を交渉でしきるって何者だよ。遠子姉に馴染み深い相手で曲者なのはわかったし、おそらくUM機関の大物か、関係者なんだろうけど・・・・・・。まあ、もういいよ。別に困らせたいわけじゃないし。いまいち納得しきれないし、まだ隠しごとがありそうだけど、仕事は引き受けるよ」

「ホント!?ありがとー、夜行君大好きよ」

「僕もぶん殴りたいくらい大好きだよ」

 その後、軽いノリで二言三言告げてから通話はあちらから切られてしまった。

 通話中の態勢のまま、乾いた笑みを固まらせてフリーズを続けること数秒。いつまでもこうしていても状況はすでに決してしまったのである。

 夜行はゆっくりとスマホを取り出した。

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