護人(まもりびと)3

 月代は僅かに隙間を覗かせた扉を勢いよく開放し廊下に飛び出した。弾き出した逃走経路は3つ。

 1つ、非常階段。

 2つはエレベーター。

 3つ目は、パルクールを彷彿ほうふつさせる身のこなしで外壁やベランダづたいに降りる道。

 月代は迷わず疾風のごとく走り出す。大きなストライドに地を這うような低重心で駆け抜け、一息で今にも閉め切らんとする二其のエレベーターを視界に押さえた。

 向かって奥のホームドアの空いた空間に両手をつっこみ反動で慣性に急ブレーキをかける。ドアをこじ開け、身を滑り込ませた。

 折しも襲撃者が始まりに月代を発見した時と同じ、左手をかご室の床につけた片膝立ちで寸刻、たたずむこととなった。

 モーターの駆動音らしき微かな音のみが響く彼のみの空間。音もなく扉が閉まり下の階へと沈んでいく浮遊感の中で、

「逃がすと思うのか? その点だけは絶対に! ――駄目だ」

 左手を前方にかざすと警棒の代わりに今度は短く小さな刃ぶりのナイフが収まっていた。

『スカイ・ハイ・ダウン』

 刃で一筋、右人差し指の腹に一筋の傷をつける。みるみる赤い珠が血の雫を生み出す。血が滲み出る指をおもむろに持ち上げ、差し示すのはエレベーターの天井隅に存在する緊急脱出口だった。

「箱の中からは開けない、はず。だが事前にロックを外していればどうかな?どっちみち、僕にはお前がそこにいる事だけはわかっている」

『スカイハイ・ダウン・スレッドドライブ!』

 血の一滴。地面に落ちる寸前。時が飛んだかのように、ブルーレイディスクレコーダーの『次へ』ボタンを押したかのごとく瞬間に、真紅の、ピアノ線を彷彿させる赤き水をたたえた闘争心が発現させた1メートル程の長さの血の糸が出現。彼の全身を群青色の光のほむらが包む。

 大口径のマグナムからの銃弾発射以上の圧力をもって、血糸が天板をぶっ飛ばす。糸がエレベーターの天井外にふっ飛んでも、糸にカメラが内蔵されているかのように、感覚の目が屋根上に身を潜めた標的を捕捉した。0.5秒あるかないかの驚愕からの、かがんだ半透明の男の硬直。4 メートル程まで伸びた刃の切れ味を宿す凶器が 振り下ろされた。

「ぶっ、げべぇッ」

 かろうじて身体をひねり致命的な傷は避けたようだが『スレッド・ドライブ』は男の右肩口から袈裟斬りで血飛沫ちしぶきを散らす。

『スカイハイ・ダウン・バードワイヤード・ドライブ』

 間髪入れずに名の通りの紅の鉄条網が、刃から鉄線の有様に変化した糸が全身を縛り上げる。頸動脈を絞める感覚を強め、そのまま――。

 人間一人が万歳してようやく通れる穴から月代は丹田に重心を込め、腰の回転で両手で絡めた朱の縄を振り落とす。

 床に轟音が爆発。同時に警報をいななかせながらエレベーターは激しい振動の中で急停止した。緊急停止装置が作動したため電灯が非常灯に切り替わる。

「そういえば、あんたの名前も知らなかったな」

 白目を剥き、グレーの無地のロングTシャツにデニムパンツと黒のスニーカーを履いた姿を現した昏倒こんとうしている中年男を睥睨へいげいし、

「どっちみち、僕はあんたの上を行く。知っても無意味だったな」

――確保完了。











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