護人(まもりびと) 1
群馬国際マリンズホテルは、高級リゾートマンションを改修して竣工したホテルである。源泉かけ流しの天然温泉と大型の室内室外プールを併設したホテルはこのGWの連休も、予約状況は上々のようで、客が玄関をひっきりなしに出入りしている。フロントやフロントに隣接するラウンジの窓からオーストラリアのグランドキャニオンから流れる滝をイメージした水が溢れる岩肌を眺める事が出来た。
目指す客室は 8階、807号室のスイートルーム。
売店に面したエレベーターに乗り込み向かう。他に客もいない箱室を出て、屋外にある廊下を案内板に従い、部屋へと歩みだす。
ほどなくしてたどり着いた目的の扉の前を体ひとつ分通り過ぎ、静止する。
後は、待つだけだ。
ただひたすらに。
掃除の瞬間を。
日も落ち、夕日も山間に呑まれて沈みきろうという頃。807号室からルームサービスの給仕を終えたスタッフが客に背を向けないようお辞儀をしてワゴンを引いていく。扉が閉められるまでの間隙をついて掃除屋は室内に滑り込んだ。
まず視界に大きなダイニングテーブルと黒のスーツ姿の男たちが複数。
右手の壁に遮られているが3人のBG《ボディガード》の存在は確認できた。ナイフとフォークで食事を取っているらしい金属音が断続的に耳朶を打つ。男たちのせいで、目標を視認することは、まだ敵わない。
接近する。靴は足音を殺すタイプ。絨毯の毛も深く、風は向いている。自分の存在が見咎められる心配は全く無い。
(最後の食事。ゆっくりと味わうが良い)
静かに、だが身を隠すこともなく堂々と、しかし気配は殺して。
対象への距離を迅速に縮める。
BG達の体躯に隠れていた目標を視認する。
大柄な中年男性が鎮座している。真四角の顔に極太の筆で一筆したような眉が精悍な顔つきにも一途さか、生真面目さかを加えている様。
盛り上がった白いYシャツと黒のツータックのスラックスが骨太で筋肉質な体格を窺わせる。先程から、一言も発せず咀嚼を続けている。
そして客室内に侵入する事で、新たな人物の存在が顕わになる。
部屋の角に置かれた大型TVと隣のライティングデスクの狭間。大窓を背にかがみ左掌を床につけ瞑想する影があった。BG達と同様の服装だが、若い。20代前半か。眼鏡をかけた黒髪癖毛の青年だった。
ここにきて掃除屋は警鐘と言っていいざわつきに首を傾げる。青年の挙動は弛緩した仕事への怠慢から出たものでない。訓練された静止。感情を排した機械のように冷ややかに集中した者だけが取れる停止。
だが、優秀としての意味なら後の3名のBGたちも所作を観れば1級だと判断はすぐ導き出せる。なら、このざわつきの意味は?
掃除屋は思考の海に沈みこみそうになるのを
(不安要素が、あるならば―。)
右手をポケットに入れて取り出すはスプレー缶。対象の右手側からBGたちをかわして接近。黙々とナイフとフォークを動かす男性のフォークに突かれている肉に向けスプレーを吹き付け―。
「―捉えているぞ」
掃除屋の右手首を掴んで行為を阻止したのは、癖毛の青年だった。
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