禍人(まがびと)

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 最後の祈りすら許さない。

 理不尽は容赦なく、その顎を閉じる。













 GW後半がようやく始まったその日。

 今日は 里中 里穂が一人暮らしをしている賃貸マンションに大学の女友達が一人、泊りがけで遊びに来る予定だった。

 恋バナやサークルやバイトの愚痴。お気に入りのお店やスイーツについて。おしゃべりを肴に、時間を忘れて大いにお酒を呑んで、持ち寄ったご馳走を食べて楽しんでいた。

 ただ、上の階がやかましかった。走り回る足音。割物を壊した音。断続的に響く不協和音。その度に興が削がれた。

《どうせ、どっかの酔っ払いどもが騒いでるんだよ、誰か文句言いに行かないのかしら。》

《やかましいよね、もう》

 ぶつぶつと文句をひねり出しつつ、電池切れで寝落ちするまで夜明かしした。

 翌朝、もそもそと二人起き出し通学のため身支度を、特にメイクはぬかりなく終えてマンションの玄関を出た。

 何とはなしにマンションを仰ぎ見た彼女はフリーズした。



【空室あり】



 自分の住んでいる階ぐらい間違えるはずがない。看板は真上の部屋の外壁に掲示されていた。

 翌日からだ。

 夜、誰もいないのにシャワーが勝手に水を吐き出した。

 ドアがきしんで開く。

 消したはずのTVが映りだす。

 インタホーンが鳴って応対しても、誰もいない。

 数日は気のせいで済ませようとした。

 しかし連日の異常に確実に、彼女は、まいり始めていた。

 きっかけもつかめないまま続く異常。頻度も、日を追うごとに増えていく。

 引っ越しとは言わずとも、お祓いなり、御守りを購入するなり盛塩だとかするべきではないのか。

 真剣に考え始めたある日の深夜、枕の横に置いたスマホに通知を知らせるバイブ。

「ひっ」

 ホーム画面のポップアップに目をやると、


 送信者名が、文字化けを起こしていた。


 反射的にスマホを放ってしまう。

 突如、耳鳴りと、こめかみを頭痛が襲う。

 たまらず、うづくまる。寒さにおこりのごとく身が震える。

 突然の冷気。スマホを投げる瞬間、目にしてしまった

 体も心もあっけなく限界を迎え、顔を両腕で覆い隠しながらガタガタ震え、ひぃひいと声を漏らしてそのまま横抱きに崩れ落ちる。

 止まない耳鳴りと頭痛。

 耳朶をたたく無数のあしおと。

 それは天井に見てしまったアレのせい?


 目だ。

 無数の眼球が見下ろしていたのだ。

 天井を埋め尽くす目。


 目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目目ー。


 心臓が止まりかけるほどの重い衝撃に彼女の意識が手放されそうになったその時。

 突き上げる振動。

 パニックでちりぢりになった思考が右、左と繰り返す地震で揺り起こされる。

 ーーーーーーー。

 沈黙。どれくらい、時間が過ぎたのだろう?

 地震が鎮まるのと一緒に悪寒までが収まったような気する。

 彼女の体を苛んでいた怪異が治まる。

 終わった。

 終わってくれたのだろうか。













 うなじに感じる生あたたかい風・・・

 腐った生ごみを彷彿させる臭気が鼻腔を犯す。

 心臓の鼓動が早鐘のごとく胸を叩き、脂汗か冷や汗かわからない滴が刹那に溢れだす。

 認めたくない不安と絶望が怒涛となって襲う。

 耐えきれなくなって恐る恐る目をうっすらと開けてしまい、


 べちゃり


 首筋を絞める、ぬめりとした感触に怖気立つ。

 肩にかかる黒い何かの正体が。髪の毛だ、と声なく言葉にする前に身の毛がよだつ。

 恐怖が暴走して脳内で、そして無意識に声に出して彼女は絶叫しようとした。

「あ”…あ。あ”あ”あ”ーー。あ・・・・・・あ」

 呻き声が・・・・・・届く。

 叫ぶこともできず。

 血走った二つのまなこを、見てしまった。


 ぺきぎしゃぽりこきごりくきべしゃぴきぼきffkcjgdmf、lgvりど


解体され、潰され、砕かれ、咀嚼され、圧迫され、折られ、踏みにじられて。

どの瞬間まで彼女の意識があったのか誰にも本人自身にもわからぬまま、あっけなく悲惨な終わりが訪れる。

だから、命が蹂躙される密室の片隅にある闇だまりに。

膝をかかえ暗い眼差しを送り続ける人影があったとは当人以外には知る由もなかった。


































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