34話「アリアさんの現実」
「私は、自分の力でルミを守ってあげたい。 けど、プリーストはどうしても他人に依存しなければならない。 だからそれを解消する為にセイジになろうと思った」
「他の冒険者からの誘いが多いのにですか?」
「貴方は、私が何故強い冒険者からの誘いを受けるか分かる?」
「実力があるから?」
「それは違う。私をよく観察してみて、同じAランク冒険者でも器量の良い冒険者は私を一切誘わない、それは私の実力が伴わないから、逆にそれでも器量の悪いAランク冒険者は私を誘う」
「そうなんですか」
そうやって言われてみれば、俺が初めてアリアさんを見た時に彼女を誘った冒険者の器量はお世辞にも良いとは、いや、下から数えた方が早いかもしれない。
「それは何故だと思う?」
「えっと……」
「器量の良い冒険者は同じ様に器量の良い女性を隣に置く事が出来る。 故に私が美人であろうが彼に取っては冒険者としてランクが低い私に需要は無い。 反面、器量の悪い冒険者の隣に器量の良い女性を置く事は何かしらの代償が必要となる。 それは、器量の良い女性の立場になれば分かると思う。 それで、器量の悪い冒険者は自分の冒険者ランクを代償にする事で私と行動を共にしようとする。 私は私で器量の悪い冒険者でも自分より高いランクの依頼をこなす事で収入が増えるという利点がある溜めそれを受け入れる」
アリアさんは、表情を変えてない様に見えるが眼差しが真剣なモノだった。
「そ、そうなんだ? 何か難しい話だね?」
「そうでもない、現に貴方は私に対して特別興味を示さない。 それを踏まえて人間という種族が持つ利害思考について考えれば自ずとこうなる。 それ故に、私は美人だからと弱い私と組んでくれるAランク冒険者だって、彼等がSランクになる、彼等に美人の恋人が出来る、私が年を重ね美人としての魅力を失う、この様な事が起これば私は捨てられ収入を得る手段を1つ失ってしまう事になる」
アリアさんは俺には理解しかねる難しい事を話しているのだが、相変わらず淡々としている。
美人でチヤホヤされる現実があるにも関わらず、近い将来それが当たり前に訪れる事を悟っているかの様だ。
「そんな事有り得るの?」
「有り得る、私はまだ若いから数は知らないけど、事例自体は知っている。 いえ、男から裏切られた私はそれを既に経験している」
何か辛い事でもあったのだろうか? そんな気がする言動をしているが、チラッと眺めるアリアさんの表情に変化は無い。
それにしても、アリアさんを男が裏切るってにわかに信じ難い話だが。
「まさか? アリアさんが?」
「そう。 私はルミを守らなければならない、だから、いつ何が起きて裏切られて終わってしまう危険を潰して、自分自身が攻撃力を持つ事で誰にも依存せずに生きていく方法を身に付けたい」
なんだろうなぁ、こう見えてアリアさんって色々な事があったみたいだな。
「あ! お姉ちゃん!」
「ルミ?」
アリアさんとの会話に一呼吸生まれたところでニコニコ笑顔のルミリナさんがやって来た。
どうやら、手にはお皿を持っており、その上には何やら小型の黒い物体が見える。
一体アレは何だろう? お皿の上に乗せられてる以上食べ物だとは思うけど……。
「ねぇねぇ! 今度はお砂糖とお塩を入れ間違えなかったんだよ!」
「ふふっ、えらいね」
はしゃぎながらその旨を伝えるルミリナさんはヒジョーに可愛く見える。
それを肯定して褒めるアリアさんも実に良いお姉さんらしい。
でもアリアさん? この黒い物体に何か思う事は無いのかい? と言う疑問が拭い去れないのだけども。
「あーーー! カイルさん? 今さっき僕が指導したじゃないですか!? それなのに両手に花ですか!? 酷くないですか!? アリアさんとは言わずにルミリナさん位僕にも……」
いや? エリクさん? 貴方さっきセリカさんだけはって言ってませんでしたっけ?
「ルミ? 変なおじさんに付いて行っては駄目よ?」
「はーい♪」
そこにセリカさんの名前が出て来ないのは良いのか悪いのか謎であるが……。
「酷いじゃないですかー!? ……あれ? ルミリナさん? その美味しそうな物は……?」
ここでエリクさんがルミリナさんが焼いた黒く怪しい謎の食べ物を発見した。
「えへへ……またクッキー焼いちゃいました☆」
って、これクッキーかよ! てー事はつまり? ココアパウダーだのチョコレートを入れ過ぎた……にしては黒い。
となると、思いっきり焦がしたと言う事になるぞ!?
ぐー、やべぇな、これ、ルミリナさんに気付かれない様にこっそりと抜け出そうか?
「なんですと!? へへへ、折角だし僕にも一つ……」
と考えてるとエリクさんがすっげー嬉しそうにダークマターと化したクッキーに手を伸ばした。
「どうぞ☆」
そしてにこやかにそれを受け入れるルミリナさんだけど……。
フツーに考えたらこれは一種のテロに該当するんじゃないかと思わなくも無いが、無邪気に微笑むルミリナさんからそんな気配が微塵も感じられない。
「う……」
「え? エリクさん!?」
エリクさんがダークマターを口に含んだ瞬間、呻き声を出した。
こ、これってもしやヤバイ事になるんじゃないか!?
俺はテーブルの上に置かれている、水の入ったコップに手を伸ばした。
「うまい! ルミリナさん凄いですよ! この前と言いこんなに美味しいお菓子を作れるなんて! それもこの前は白で今日は黒、色も違って視覚的な楽しみも考慮されてますよ!」
俺の意に反してエリクさんは美味しいと言う評価を下した。
そうなると、実はこの黒いのは焦げでは無く真っ黒な食材を使ったと考えられるんだけど……。
「はい♪ お姉ちゃん……? あれれ? お姉ちゃんは? もーしょうがないなー、エヘヘ……カイルさんもどうぞ☆」
自分が作ったお菓子を次はアリアさんに食べて貰おうと思っているみたいだが、気がついたらアリアさんの姿がこの場から消えていた。
……これ、やっぱり。
何とも嫌な予感が俺の脳裏を駆け巡る。
だが、予感を抱いたところで、満面のニコニコ笑顔で自分が作ったお菓子を差し出すルミリナさんを目の前に俺が出来る事は一つ……。
そうだ、エリクさんだってうまいと言ったんだ、その前例がある以上それを信じて……。
俺は意を決し、目の前に差し出されたダークマターへと手を伸ばし口に運ぶ。
「うっ……」
「どうですか? カイルさん、美味しいですよね?」
口の中に広がる言葉に出来ない味。
何故これをうまいと言ったのだろう? 俺に教えてくれエリクさん。
嗚呼エリクさんの声がうっすらと聞こえてくるが何を言っているのか分からない。
バタッ!
薄れゆく意識の中、俺は地面に倒れこんだ。
「カイルさん? お昼寝ですか? そんなところで寝てしまったら風邪ひいちゃいますよ?」
「カイルさんも疲れてますからね、僕がベッドまで運びますよ!」
エリクさんとルミリナさんが何か言っているみたいだ。
俺は誰かに担がれて……。
ここで俺の意識は遠のいた。
「う……ここは?」
気が付くと天井が見えた。
「ヴァイス・リッターの休息室、カイル? 君は一体何をしたのかしら? 聞いた話だと、ルミリナさんのクッキーを食べたら床で寝始めたらしいけど」
ルッカさんが、少しばかり心配そうに顔を覗き込んだ。
「いや、その……」
どうする? 正直に言うとルミリナさんの名誉を傷付けてしまいそうだが……。
「どうせ、あの娘が作ったトンでもない物を食べたらこうなったんじゃないの?」
妙に鋭い。
いや、確かに塩と砂糖を入れ間違える様な女の子が出した料理を食べて俺がこうなったと考えたらそこに何かあると考えるのは自然な事だよな。
「う……」
「別に良いわ、ギルドマスターにお願いされて仕方なく君の所にやって来ただけだから、明日エリクさん、セフィアさんと一緒に遺跡の調査を行ってくれだって」
仕方なくって割には心配そうな顔していたけどまぁ、本人がそういうのならそうなんだろう。
「分かった、有難う」
「ご飯まだでしょ? ここに置いてあるから、それじゃあね」
用件を終えたルッカさんはそそくさと立ち去った。
ご飯、かぁ、そう言えば腹減ったな……えっと、あれはサンドイッチだね。
有難く頂戴しよう。
美味いって何なんだろう? 少しだけ疑問に思う。
当たり前の様に作られる当たり前の味、違和感無く食べる事が出来る味。
分かる様で分からないな。
それはそうと、遺跡の調査、一体何をするんだろう?
取り合えずエリクさんの元へ向かおう。
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