第二章 その一
【第二章 その一】
調香会の話を聞いた二日後には、木蓮が後宮に入れる許可をもぎ取ったと訪ねてきた。
すぐに準備に取りかかろうと彼の
「
涼果は
衣装が
「初めまして。どうぞよろしくお願い
やや
「女官なんてわたしにはもったいないです。自分の事は自分でできます」
「でも凜莉はもとは貴族とはいえ、宮廷での作法はよく知らないだろう。それに一応后妃候補なんだから、女官の一人ぐらいいないと。涼果は宮仕えが長いから、いろいろ教えてもらうといい。それと涼果には、凜莉が秘宝香作りに挑戦したいと思ってる事も伝えてあるから」
「わたしは目的を
涼果は顔色一つ変えず、決意の色を浮かべた
「事情は木蓮様から聞いています。何もかもわかった上でお引き受けしました。……実は木蓮様は私の母の恩人なんです。木蓮様の香で母は
涼果の決意の強さを感じながらも、やはり他人を巻き込むのには
「凜莉と涼果の身元引受人は私だ。凜莉が後宮に入った目的が秘宝香作りだとばれて、万一
木蓮の言葉は
「……わかりました。彼女には一緒に来てもらいます。ただし本当の目的が知られて、もし罰を受ける事になったとしても、彼女は逃がしますがわたしは逃げません。だってわたしはわたしの夢の為に後宮入りするんですから。それを見咎められて罰を受けるのは覚悟の上です」
悪くすれば、処刑される事だってあり得るだろう。本当は恐くて仕方ないが、木蓮だけに責任を取らせて逃げるなんてできなかった。
「そう気を張らないで。うまく皇帝陛下や煌翔様を説得して秘宝香作りをしてもいいという許可をもらえれば、
心には不安が
「ええ。秘宝香を作れれば、わたしは父さまの
強大な力を持つと言われる秘宝香を手に入れたいと皇族も思っているはずだ。だったら、父の調合の場に立ち会っていた自分の
「凜莉なら
涼果に目を向けると小さく
「これから私達三人は運命共同体だ。秘宝香という何百年も誰も完成させる事ができなかったものを作る為には、少々……いやかなり危険な事もしなければならない。だけど、それを乗り
木蓮の言葉は力強かった。一度息をついてから、改めて涼果に目を向ける。
「危険な事に巻き込んでごめんなさい。だけど、どうしてもやり
頭を下げると、涼果が驚いた顔をした。そして小さく
「いままで私が仕えた方達は、みんな私の事なんて人間
「様なんてつけなくていいわ。呼び捨てにして」
「とんでもない。凜莉様はご主人様ですから。私の事は涼果とお呼びください。女官を呼び捨てにしないなんて、後宮であやしまれます」
確かにそうだと思った。仕方なく、涼果に再び目を向ける。
「じゃあ、涼果。どうぞよろしく」
「話がついたところで、そろそろお勉強の時間にしよう。宮廷と後宮と秘宝香について凜莉も知っている事もあるとは思うけど、一度
木蓮に
凜莉は丸い机を囲んで、木蓮と向かいあって座っていた。
「お茶をどうぞ」
目の前に置かれた、涼果が
「いい香りね。これって
「はい。私が作ったんです。
「茶葉を手作りするなんて器用ね。すごいわ!」
口に
「おいしい! 店で売っている高級な茶葉と変わりないわ」
涼果が嬉しそうに
「では一服したところで、そろそろ宮廷と後宮について話をしようか。涼果も座って」
おいしいお茶にほっと一息ついていたが、慌てて気を引き
涼果がおずおずと
「前にも言ったが、
話に耳を
「秘宝香は存在すら不確かな
木蓮の問いかけに、表情を引き締めた。
「秘宝香を作れる者だけが、香士の頂点である正香士を名乗る事が許されるからです。そして正香士になれば、皇帝から
瑞獣とは国を守り栄えさせると言われる
神瑞国では、子どもでも知っている
「そうだ。
「はい。この国を
木蓮が満足そうに頷いた。
「そう。麒麟と鳳凰の称号を持つ者は、龍の称号を持つ皇帝の
話が
「龍と鳳凰の称号は代々決まった一族に引き継がれている。龍はもちろん皇族だし、鳳凰は代々大将軍を
「ええ。いままでも麒麟の称号を求めて、たくさんの香士が秘宝香を作ろうとしてきたと父から聞いています。でもいまだに成功した者はいないので、麒麟の称号を得た者はいないとも」
木蓮と話をしていると、ふともじもじしている涼果に気付いた。
「どうしたの? 涼果」
「すみません。勉強不足であまり話についていけなくて」
「わからない事があったら聞いて。涼果も仲間なんだから、
優しく話しかけると、涼果が言葉を選ぶようにして口を開いた。
「瑞獣が神瑞国にとって尊い存在だというのはわかります。麒麟の称号をもらえると、この国の……ええっと皇帝陛下の次くらい位が高くなるのですよね?」
たどたどしい口調の涼果に向かって、木蓮が頷いた。
「そう。陛下はその三人の瑞獣の称号を持つ者を
木蓮は思案顔だ。涼果がやや首を
「でも陛下は香がお好きだと
涼果の疑問はもっともだった。木蓮がそっと声を
「瑞獣の称号を持つ三人が揃えば、国が栄えると言われている。それは有名な話だし、凜莉も涼果も知っているだろうけど、実はその話には続きがあるんだ」
木蓮がやや前のめりになって、
「瑞獣の称号を持つ三人が揃うと、世界を
「世界を制覇する力!? それっていったい、どんな力なんですか?」
思わず身を乗り出した。
あまりに
「私にもわからないよ。だけど陛下はそれを信じておられる。何より瑞獣は我が国に根強く残る昔からの文化だ。称号を持つ三人が揃えば、
話を聞いていて、ずっと疑問に思っていた事を口にした。
「瑞獣の話はわかりました。ずっと聞きたかったんですけど、そもそも秘宝香ってどんな効能なんですか? 父さまが完成したって喜んでいたのは覚えているんですけど、実際どんなものかまでは覚えていなくて。皇族と香道省の一部の人しか知らない国秘だと聞きましたが」
秘宝香はどんな大国をも
しかし具体的にどんなものかはわからない
「教えてあげたいんだけど、秘宝香の秘密を
話を聞いていた涼果が、
「では、凜莉様は調香会に参加する許可を直接陛下に頂く為に、
「翼舞宮って?」
聞き覚えのない名前に首を傾げると、木蓮がこちらに顔を向けた。
「陛下の後宮の事だ。でも、陛下はお
煌翔の
「そ、そういえば、秘宝香作りにばっかり考えがいってましたけど、後宮に入るって事は、つまり
煌翔は見た事もないほど整った顔立ちで、性格も良さそうだった。あんな
「
木蓮が満面に浮かべた
「……それってわたしは綺麗じゃないし品もないから、心配いらないと言いたいんですか?」
容姿に自信があるわけでは決してないが、木蓮の口から改めて言われるとさすがに傷付いた。
木蓮がはっとした顔になる。
「いや、そういうわけじゃなくて。後宮に入っても凜莉なら相手にされな……ああ、いや」
話すたびに
「凜莉がどうこうじゃなくて、実は煌翔様は后妃を
煌翔が后妃を娶るのを渋っているというのも
「麗華宮には十人も姫がいるんですか!?」
「少ない方だよ。翼舞宮には百人を
あまりの規模の大きさにあいた口が
「すごいですね。……それにしても煌翔様はなぜ后妃を娶るのを渋っておられるのですか?」
「さあね。でも皇位を継ぐ時には、后妃を娶っていなければならないという決まりがあるんだ。だから煌翔様も遠からず后妃をお選びになるはずだ。麗華宮にはこれからたくさんの美女が集まるんだから、いくら渋っていても一人ぐらい気に入った女性も見つかるだろうし」
「そうなんですか。そういえば、後宮の女性達にも身分があると聞きました。具体的に、わたしはどういう身分で麗華宮に入るんでしょうか?」
央西堂の
目立つのは
疑問に答えてくれたのは、涼果だ。
「凜莉様は才人という立場になります」
「それっていったい側室としてはどれぐらいの身分なの?」
「わかりやすくいうと、かなり下の方です。才人は女官の仕事も
「そうなんだ。
貴族ではあるが、下町暮らしが長かったので、そういう事には
「麗華宮はできたばかりでまだ姫達も少ないので、わかりやすいようにまずは翼舞宮での身分のお話をしますね。翼舞宮で一番高い位はもちろん后妃様です。ですが后妃様は数年前に亡くなられました。ですから翼舞宮を取り仕切るのは、四妃と呼ばれる四人の側室達になります」
さすがに宮仕えが長い涼果は、後宮の事には
「四妃とは、貴妃・
聞くだけで頭が混乱しそうだった。何とか頭の中を整理しつつ、涼果の話に耳を
「后妃は四妃から選ばれるんです。ですが麗華宮はできたばかりで四妃も決まっていません。近いうちに四妃を決める行事も行われると思いますが、調香会が終わってからだと思います」
聞いた事のない
「わたし、覚えられるかしら……?」
「覚えてもらわないと困るよ。後宮入りは二日後だ。それまでに最低限の
にっこり笑顔の木蓮が、本気になったらどれだけ厳しいか調合の
「が、
しかし弱音だけは
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