お花見と出会いと
午後1時50分。俺は天文台公園にやって来た。正直ワクワクしている。こういう急にイベント参加させられるというのはコメディ路線の定番だ。今日こそ何か起こるかもしれない。それとは別に、いつものメンバーにリアルで会うかもしれないということにもちょっとドキドキしていた。まあよっぽど客がいない限り特定するのは難しいだろうけど。そんなことを考えながら舞台の所まで歩く。
おっ、舞台前の客席に何人かたむろしてる。あれはガチのファンだなきっと。舞台の近くにいるのはあの十数人の集団くらいか・・。ていうかこの公園結構人来るんだな。それなりの人通りじゃないか。俺らいらなかったんじゃね?
「えー、お集まりいただいている皆さん。今日はありがとうございます」
ちょうど舞台の上で司会らしきおじさんが喋り出した。
「まもなくガルハピの野外ライブを行います。もちろんどなた様も無料で見ていただけます。また、ライブ終了後にはメンバー全員との握手会もございます。こちらも無料ではございますが、お一人様一回までとさせていただいております。時間にも限りがございますので、どうぞご協力のほどお願い致します」
握手会もタダなのか。まだまだ売り出し中ってことかね。
えーっと・・この木陰で始まるまで待っとくか。舞台までそれなりに距離があるし。アドさんの案によると、俺達は通りすがりの一般客だからな。始まったら舞台前を通りかかり、しばらく立ち止まる。別に演技はしなくていいから何とかなるだろう。あ、そういやガルハピのこと調べてなかったな。
俺はポケットからスマホを取り出す。
「ガルハピは6人組の新人アイドルユニット・・ネットの1部では最近知名度が上がってきたと。柏木さんが言ってた生放送サイトのことだなきっと。見た目は・・まあそんなもんか。あっ、でもこのツインテの子かわいい」
色々見てたら音楽が流れだした。そろそろ始まるか。
「みなさんこんにちはー!」
「うおおおお!」
ガルハピが出てきた。野太い声援も聞こえる。
「いつもの皆もありがとー!ただ通りかかっただけの人も、少しでもいいから聴いていってくださーい!!」
真ん中のショーットカットの子が挨拶し、1曲目が始まる。彼女がリーダーの子ね。ツインテの子はセンターじゃないのか。顔がよく見えないし、行動開始するか。
舞台の近くまで歩き出す。ファン集団以外にも観客がちらほら立ち止まりだした。この中にベーコンさん達いるんだろうか。
「いえーい!2曲目も盛り上がっていくよー!」
元気だなあ。あとツインテの子、実物も結構かわいいなあ。顔ちっちゃ。
すると、リーダーとツインテの子が歌いながら舞台から降りてきた。ファン集団とハイタッチをしていく。彼らは、仕切りとかないのにハイタッチするだけでそれ以上近づかず、振り付けを踊っている。マナーのいいファンだこと。
リーダーとツインテの子が立ち止まり客の方にも笑顔で手を振る。なんとツインテの子とちょうど目が合った。彼女はあっ、っと驚いたような顔をした後、全力の笑顔を見せ手を振ってくれた。
「いい・・」
ツインテちゃんに見惚れていると、2曲目が終わった。観客にまだ手を振っている彼女。その時ふと、視界の端にサッカーボールをリフティングしている男が目に入った。身体は彼女の方に向いている。キャップ帽を深くかぶっていて顔がよく見えないが、口元はにやついてるように見えた。
その時、俺のラノベ脳がイベント発生の予感を告げた。ていうか普通に嫌な予感がした。俺は自然と彼女の方に走り出す。それと同時に、男はボールを高く上げ、蹴る構えに入った。
バァン!
彼女めがけて、勢いよくボールが飛ぶ。何かを感じた彼女がボールが来る方向を振り向く。だが彼女とボールの間にはすでに俺がわり込んでいた。顔の前で腕を交差し構える。
バチンッ!
「いってぇ!」
腕にボールが直撃する。思ったより痛くて声が出た。腕をブンブン振って痛みを紛らわす。その様子に、周りがざわついているのが目に入った。ツインテちゃんも驚いて固まっている。あ、それよりもあの男の姿がない。どこいったあいつ!
キョロキョロしてるとツインテちゃんがこっちに走って来ており、俺の手を掴んだ。
「・・助けてくれたの?」
「あ・・まあ、はい」
「大丈夫ですか!?腕真っ赤じゃないですか!私よく見えなかったんですけど、何か飛んで来たんですよね!?」
「い、いや・・痛いだけなんで大丈夫っす、はい」
「本当ですか・・?」
「ほんとほんと!だ、だから・・続けてください、ライブ」
ツインテちゃんが怪訝そうな顔でまじまじと俺を見ている。緊張で全然うまく喋れねえどうしよう。
「無理、しないでくださいね・・?」
「う、うす・・」
俺の手をぎゅっと掴み、ツインテちゃんは満面の笑顔を見せて言った。
「ありがとうございます!じゃあ最後まで精一杯やるから、聴いていってくださいね!ユウトくん!」
「あ、はいそうさせてもらいます」
彼女の笑顔つられ、俺も笑顔になって答えた。やっぱこの子可愛いなあ。
・・ん?今、俺の名前呼ばれたような・・。素の表情に戻り彼女を見つめる。彼女は笑顔のままだが、眉がピクッっと動いた気がした。パッっと俺の手を放し、手を振りながらステージに戻っていった。
ステージで、メンバーや関係者らしき人らと話す彼女。やがてリーダーの子が観客席に向かって叫ぶ。
「みなさんご心配をおかけしましたー!ライブ、再開するよー!」
観客はちらちらとこっちを見ていたが、彼女の言葉と同時に次の曲がかかるとステージに向き直る。
俺の両腕はまだジンジンと痛みを訴えていたが、それが気にならないくらい両手はとても暖かかった。
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