第7話 容疑者たち

 数秒間、沈黙が流れ中川は喜田の推理に反論した。

「だから、どこが殺人事件だよ。村長は崖から落ちて死んだ。どう見ても事故じゃないか」

「いいえ。僕が殺人事件だと断定した理由は、後頭部にあります。後頭部に打撲痕があるんですよ。普通、崖から落ちた場合このような痕はありません。さらに、平井村長はうつ伏せの状態で発見されました。これが仰向けだったら、地面に頭を叩きつけられたことで、このような痕が残ってもおかしくありませんが、彼はうつ伏せで、髪に石の欠片が付着しています。よって、平井村長の殺害方法は、撲殺ではなく激殺で間違いないでしょう」

 3人は激殺という聞きなれない言葉に戸惑い、首を傾げる。

「何ですか? 激殺って」

 田辺の口から当然の疑問が漏れ、喜田は説明を始める。

「猟で使うパチンコをご存じですか? スリングショットという道具で、石を打つことで、猟をすることがあるそうです。それと同じように、犯人は平井村長という標的に対して、石を発射したのでしょう。後頭部に命中した石は、彼の頭を殴打して、その反動で彼を突き落とした」

 殺人事件と断定された現場の中で、中川と宮川の2人が携帯電話を取り出す。中川が警察に通報して、宮川は村民を村役場に集めるよう指示した。

 

 通報から30分後、群馬県警の刑事達が現場に臨場する。検視官は被害者の検視を終わらせ、群馬県警の赤城警部に報告した。

「死後硬直から死後3時間くらいでしょう」

「そうか。犯人は県外に逃走しているかもしれないな」

「それはないと思います」

 喜田は群馬県警の警部に対して、意義を唱える。話に割って入って反論してきた男の方を、赤城警部が向いた。

「どういうことだ?」

「僕たちが平井村長を探し始めたのは午後8時からでした。村長が姿を消したのが午後6時30分。送り火祭りが行われている神社から現場まで、片道30分ですから午後7時に殺害された場合、不都合なことが生じるのです。交通手段がないんですよ。この村に停車する路線バスの最終便は午後7時だそうです。どんなに急いでも、バス停に辿り着くことは不可能。徒歩で逃走することも考えられますが、午後8時から村民達が村長を探し始めていますからね。そんな状況で不審な動きはできませんよ。車やバイクのタイヤ痕も残っていませんでしたから、犯人は間違いなく歩いて現場に辿り着き、平井村長を殺害したと考えた方が自然ですね」

 遺体の第一発見者の状況説明を聞き、赤城警部は疑問を持つ。

「あなたは誰だ? とても素人とは思えない推理をしているが」

 当然の疑問を受け、喜田は警察手帳を見せた。赤城は喜田が警視庁の刑事だということを知り、驚きの声を挙げる。

「警視庁の刑事さんが、どうしてこんな村に? 事件の捜査ですか?」

「どうやら、群馬県警との正式な合同捜査の手筈は整っていなかったようですね。事後報告になりますが、東京で起きた殺人事件の捜査で来たんですよ。この殺人事件と同様、現場から送り火祭りで使う白い縄が現場に残されていました。先日、この森の奥にある研究所でガス爆発が起きたと思いますが、その現場にも、白い縄が残されていたようですね?」

「そうだったな。問題の縄が5本盗まれたという報告は受けているから、犯人は残り2回殺人を犯すかもしれない」

「はい。そして、犯人はこの3人の中にいるかもしれません」

 そう言いながら、喜田は宮川達の顔を見た。容疑者候補に選ばれたことに、田辺は驚く。

「ちょっと待ってください。どうして私達が容疑者なんですか?」

 田辺彩花からの問いを聞き、喜田は説明を始めた。

「先程も言いましたが、この現場から神社までの距離は、片道30分程度。田辺さんと宮川さんは、午後7時30分に神社へ顔を出しています。そして、中川さんは午後8時に神社に現れ、村長の失踪を伝えた。この3人には、犯行時刻と思われる時間帯のアリバイがないんですよ」

「アリバイがないことは、認めます。でも、私には動機がありません」

 田辺の弁明に続き、宮川も口を開く。

「そうですよ。私も同じです」

 中川は喜田の推理を鼻で笑った。

「俺は、午後7時から村長を探し始めた。だから、村民の誰かが俺を目撃しているかもしれないだろう。それに、アリバイがないのは俺達だけじゃない。三浦辰夫にもアリバイがないはずだ。神社にも姿を現していない、彼だったら犯行も可能だろうからな」

 中川が言うように、三浦辰夫も怪しいと喜田は思った。だが、犯行動機が分からない。

 そんな状況で、喜田は容疑者を4人に絞り込んだ。

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