第6話 崖下の遺体

 午後7時30分。村の神社で送り火祭りが盛大に執り行われた。矢倉の前で、長い白髪を生やした黒い袴姿の男性が神楽を上演している。

 橘炎帝を演じている男性は、笛や太鼓の音に合わせて、悪霊を封印するために舞う。

 神楽が中盤に差し掛かった頃、宮川黄介と田辺彩花は、送り火祭りが開催される神社に現れた。

 到着から間もなくして、10数人しかいない観光客の中に宮川が混ざり、村に響き渡る音色を聞く。


 一方で田辺彩花は写真を撮った。そんな彼女に、喜田は近づき、話しかける。

「取材ですか?」

「はい。送り火祭りの取材を兼ねるよう編集長に言われたので」

「大変ですね」

「この送り火祭りを、見物することができたから幸せですよ。一度見ておきたかったから」

 田辺彩花は少し悲しそうに笑った。

 午後8時、血相を変えた中川宏一が神社に姿を現し、塚本八重子に頭を下げる。

「塚本さん。村長が見つかりません」

「いないだと。家に帰ったんじゃないのか?」

「はい。村中を探しても、どこにもいませんでした」

 この異変を察知した喜田は、塚本の元に向かい、警察手帳を見せる。

「警察です。平井村長が行方不明になったのは、本当ですか?」

 塚本は喜田の正体に驚きながら、説明した。

「はい。村長の行方が分からない。もしかしたら、何か事故にあったのかもしれん」

 この瞬間、喜田の脳裏に最悪なケースが浮かぶ。第3の事件の被害者は平井村長ではないかと思った彼は、塚本に伝えた。

「村人総出で捜索した方がいいでしょう」

「すぐ有線放送で村人に呼びかけます」

 中川が先に動き、有線放送は流す。

『平井青兵衛村長が行方不明になりました。村長を目撃した人は交番に来てください。協力出来る方は一緒に村長を捜索しましょう』

 この呼びかけを受け、多くの村民が村長捜索に動き始める。しかし、彼の姿はどこにもなかった。


 喜田輝義、宮川黄介、中川宏一、田辺彩花の4人は研究所のある森の中を探し始める。

 懐中電灯を片手に喜田が叫ぶ。

「平井村長」

 しかし、一向に村長は見つからない。その内、目の前が崖になっている岩場に辿り着いた中川は、イラつきながら転がっている石を蹴った。

「なんで村長が見つからないんだ」

 石は崖下に落下して、砕かれた。それを見た喜田は、まさかと思い崖下を覗き込む。

 そこには、人形のように動かない物体がうつ伏せに倒れていた。あれは村長の遺体ではないかと思った喜田は、中川に尋ねる。

「崖下を見てください。あそこで村長が倒れているかもしれません。確認のために、崖下に降りることはできますか?」

「ああ。案内しよう」

 中川の後を喜田が追いかける。その後に宮川と田辺も続いた。彼らは崖を迂回して、現場に行った。田辺が懐中電灯で人らしい物を照らす。

 喜田は村長の心臓に耳を澄ませた。だが、鼓動は聞こえない。

「死んでいます」

 3人は村長の死にショックを受けたのか、顔を青くした。

 その内、中川が悔しそうに呟く。

「なぜだ。なぜ村長は、ここで死なければならないのだ」

 この言葉に賛同するように田辺が涙を流した。

「かわいそうに。あの崖から落ちるなんて」

 喜田は3人の反応を気にしながら、平井の遺体を観察する。後頭部には打撲痕があり、髪に石の破片が付着している。さらに、遺体の右手は白い縄を掴んでいた。

 これは第3の事件ではないかと察した喜田は3人に呼びかける。

「皆さん。これは事故ではありません。殺人事件です。今から警察を呼んだ方がいいでしょう。それと村民全員を村役場に集めてください」

 喜田の発言を聞き、3人の中で戦慄が走る。それから、喜田は頭を下げ、身分を明かした。

「申し遅れました。警視庁刑事部参事官喜田と申します」


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