第5話 取引

 午後6時。田舎町の平屋の和室の中で、ウリエルと名乗る少女は、この家に住む三浦辰夫と顔を合わせた。和室から見えるのは、2本のキンモクセイの木が植えられている。

 木製の机を挟み、三浦辰夫は目の前で正座している少女に尋ねた。

「いきなり押しかけてきて、聞きたい事だと? 取引は終わったはずだが?」

「確かに取引は終わりました。しかし、それだけが目的ではないんですよ。東京であなたのビジネスパートナーである篠宮澪さんが殺害されました。そのことについて、どう思いますか?」

 まるで刑事の尋問のような問を、三浦は鼻で笑う。

「お前らの組織は、警察の真似事もやるのか?」

「はい。警察に通報してしまえば、自分の悪事も暴かれてしまう。そんな裏社会の捜査を警察よりも早く行い、事態を収拾する。それも私達の仕事です。あなたを紹介してくださった、篠宮さんは脱税までして、私達に資金を提供してくれましたから、そういう金の流れを警察が掴む前に、事件を解決しろというのが、あの方からの命令です」

「そんなことをペラペラ喋っていいのか? もしも誰かに聞かれたら……」

 心配する三浦を他所に、ウリエルは微笑んだ。

「大丈夫ですよ。あなたの自宅周辺を私の仲間が張り込んでいますからね。目撃者は消します。この会話が盗聴されている可能性は、数時間前に私の仲間が不法侵入して、盗聴器の有無を調べてもらいました。もちろん、盗聴器は仕掛けられていませんでしたよ」

「篠宮の話通り慎重だな。その両手の手袋は、指紋を付けないためだろう」

 三浦は尋ねながら、少女の両手に填められた白色の手袋を指差す。すると、ウリエルはクスっと笑った。

「はい。数時間後、掃除業者に扮した私の仲間が髪の毛一本残さず、綺麗にしていきます」

「掃除業者ね。ところで、篠宮が殺された時間は分かるのか?」

「一昨日の午後11時頃のようです」

「だったら俺にはアリバイがある。午後9時くらいに、憎たらしい塚本八重子が俺の家に押しかけてきたんだ。村の再開発問題の説得に来たんだろうが、最終的に口論になった。あの迷惑な婆さんが帰ったのが午後11時。どんなに急いでも、現場が東京なら犯行は不可能だ。巫女の婆さんにもアリバイができたから、犯人は中川宏一しかいないな」

「どういうことでしょう?」

「一昨日の朝、中川が上京したって近所の爺さんが言っていたからな。昨日の朝、東京の土産を近所の住人達に配っていたから、間違いない。中川は村外れにある研究所の元研究員。1週間前のガス爆発は、研究所に隠した秘密か何かが暴かれるのが怖かったからやったんじゃないかって噂が村中に流れている。再開発で研究所を取り壊すことになったから、賛成派関係者の篠宮を殺した。大体、そんなところだろう」

「なるほど」

 三浦からの情報で、中川に疑いの視線を向けることにしたウリエルは、彼に頭を下げ、そのまま三浦の自宅から姿を消した。

 三浦の自宅周辺を張り込んでいたウリエルの仲間の1人で、赤色のネクタイを身に着けた黒ずくめの男は、撤退する直前、髪の長い女とすれ違った。その女は、如何にも怪しげな黒ずくめの男を気にせず、三浦辰夫の玄関前に立つ。

 その女、田辺彩花は無表情でジッと三浦が住む平屋を見つめた。

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