第3話 村祭りの神社

 一通りの話を済ませた平井は、喜田を連れて、村の神社に向かう。平地に造られた神社では、送り火祭りの準備をするために、多くの村民達が集まっていた。

 前方には矢倉が組まれ、和太鼓の音色が響く。数秒後、演奏が終わり、矢倉の近くにいた、痩せた身体付きの細目の男が、首を横に振る。

「迫力に欠けるな。普通の盆踊りだと、これでもいいけど、こんな音では霊を送る鎮魂歌にはならない」

 熱心に太鼓の指導をする男を見て、喜田は隣にいる平井に尋ねた。

「彼は誰ですか?」

「宮川黄介。この村出身の和太鼓奏者で、毎年この季節になると、毎年のように指導をするために村へ帰ってくる。8年前、和太鼓のコンクールで優秀賞を受賞するまでは、この村を拠点に活動しながら、村の子供達に太鼓を教えていたよ」

 その直後、灰色のベレー帽をかぶった、髪の長い若い女が、太鼓の指導をする宮川黄介の姿を、カメラで撮影した。彼女は、平井の姿を見つけると、すぐさま会釈をした。

「彼女はルポライターの田辺彩花たべあやか。この前取材を受けたから覚えているよ」

 田辺彩花と同じように会釈した後で、平井は喜田に彼女のことを紹介する。

「何の取材ですか?」

 喜田の質問を聞きつけ、男が平井の元に歩み寄りながら、答えた。

「陰陽師伝説でしょう。村長に取材するなんて、バカなルポライターさんだ。あの伝説の取材なら、巫女のばあさんに聞けばいいのに」

 繋ぎ姿の男の発言を聞き、田辺は頬を膨らませて、抗議する。

「バカなルポライターですみませんね。その巫女のおばあさんにアポをとったけど、取材拒否。だから仕方なく村長に話を聞いたのですよ。送り火祭り実行委員の中川宏一《なかがわこういち》さん」

 中川が舌打ちをして去る。


 黄色いラインがアクセントの黒色ジャージ姿の男が、数人の仲間と共に、大蛇の山車を神社の狛犬の傍に飾った。ジャージの男から離れた位置で、色違いのピンクのラインのジャージ姿の男が携帯電話を開き、誰かと話している。


 同じ頃、皺の目立つ白髪の老婆が平井に近づいてきた。

「裏切り者の村長の連れか。接待は大変だね」

「接待ではない。知り合いの刑事だよ。塚本八重子つかもとやえこ

 平井の紹介を聞き、老婆は首を傾げる。

「はて? この村で事件が起きたのかね。1週間前のガス爆発は、橘炎帝の呪いじゃなかったか?」

「何が呪いだ。くだらない」

 右人差し指に高級そうなダイヤの指輪を填めた男が、突然顔を出し、準備を進める村民達が敵意を向けた。

三浦辰夫みうらたつお。何をしに来た」

 中川が三浦を睨み付けると、賛成派のリーダーがニヤっと笑った。

「暇潰しだよ」

 三浦は大蛇の山車を見つけ、ライターを取り出した。

「いい出来じゃないか。どうせ明日には燃やすんだろう。だったら、今燃やしてやるよ」

 三浦がやろうとしていることを察した永川は、彼の腕を強く掴む。そして、左手で三浦の頬を殴った。

「村の伝統行事を無茶苦茶にした罰だ。橘炎帝の呪いで死ねばいい。そう思うでしょう。巫女の塚本八重子さん」

 同意を求めようと中川は塚本の顔を見た。しかし、塚本は首を横に振る。

「いいや。そうは思わない。人を呪えば穴二つ。奴の呪いで彼が死ぬとしたらこの村に災いが起きるだろう」

「裏切り者の村長というのは、どういう意味ですか?」

 喜田が右手を挙げ、気になることを塚本に尋ねる。すると、塚本は平井の顔を睨み付けながら答えた。

「そのままの意味じゃ。平井村長は第3の案として、村外れの研究所をお化け屋敷にしようと提案しておる」

「この案だったら、森林破壊をせずに村おこしができるでしょう。廃墟の研究所をお化け屋敷に改装することは、お互いの妥協点になると思い、提案しただけですよ」

 平井が意見を口にしている間、招かれざる客は、右手首に填めた腕時計で時間を確認しながら、周囲を見渡していた。

 三浦の動きは不自然だと喜田は思った。まるで誰かを探しているような動きの後で、時間を気にする仕草。

 喜田が疑惑の目で三浦の顔を見た。すると三浦は静かに神社から立ち去った。


 神社の鳥居の前に、ポニーテールに髪を結った少女が佇む。その少女の左肩には、四葉のクローバーのアクセサリーが取り付けられた水色のショルダーバックが掛けられている。

 バックのチャックは開いていて、黒色の封筒が覗いていた。

 数秒後、少女の前に神社から立ち去った三浦辰夫が現れた。探していた人物を見つけた三浦は、鳥居を潜り、足を進める。一方で少女は鞄から黒色の封筒を取り出した。

 それを見た三浦は、少女が手にしている封筒を掴む。そうして封筒を受け取った三浦は、何事もなかったように去って行く。


 

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