第2話 橘炎帝の呪い

 それから数時間後、喜田参事官は平井村長に連絡を入れ、村長の家へ泊まることになった。そして、今に至る。


 森の中を歩く喜田輝義の目に、石碑が映った。初めて訪れた場所の石碑には、こう記されている。

『森を荒らす愚か者は、橘炎帝の餌食となり、地に落ちる』

 この石碑を見た瞬間、彼は東京で殺害された篠宮澪のことを思い出した。篠宮澪はレジャー施設を建設しようとして、森を荒らした。そして、彼女は転落死する。

 石碑の文言と一致しているように思い、参事官は村役場に向かい、足を進める。


 清明村の役場は、静かで人が少ない。廃校になった小学校を買い取った年季の入った建物の中にある村長室で、喜田参事官は平井青兵衛と会う。

 中肉中背な体型で、黒縁眼鏡を掛けた平井は、早速頭を下げる。

「喜田君。よく来たな」

「東京で起きた殺人事件のことを調べて来いと刑事部長に命令されました。篠宮澪のことをご存じですか?」

 友人の口から事情を聞かされた平井は、首を縦に動かす。

「何度か会ったことがあるよ。村の再開発問題に関わっている不動産会社の社長だ」

「そこで質問ですが、再開発問題でトラブルはありませんでしたか?」

「日常茶飯事だ。再開発問題賛成派の三浦辰夫と反対派の塚本八重子の対立は、日常的に起きているよ。三浦辰夫は三浦建設会社の社長で、レジャー施設建設への投資をしている村の大富豪。レジャー施設のオーナーになって金儲けをしようという魂胆なんだろう。一方で神社の巫女、塚本八重子は森を荒らす賛成派の人間を、心底恨んでいるようだ」

 平井の話の最中、喜田は外から笛の音を聞いた。その後で、喜田参事官は人差し指を立てる。

「殺害現場から清明村の送り火祭りに使う、白い縄が見つかりました。質問ですが、縄が盗まれたという話を聞きませんでしたか?」

「1週間前、塚本八重子が騒いでいたなぁ。倉庫に保管していた縄が5本無くなったって。翌日の夕方、村外れにある研究所でガス爆発があって、現場近くの木の枝に縄が1本結ばれていた」

「ガス爆発?」

「群馬県警の話だと、現場から人為的に壊されたガスボンベと煙草の吸殻が発見されたそうだ。因みに、遺体の身元は現在も不明」

 現場から見つかる白い縄は、犯人からのメッセージ。しかも、盗まれた縄は3本も残されている。それはまだ事件が続くということではないかと喜田は思った。

「ところで、橘炎帝というのは誰ですか?」

「この村に伝わる昔話さ。平安時代、この村には橘炎帝という陰陽師がいた。ある日、この森を大蛇が荒らし始めた。大蛇を退治しようと村民は立ちあがったが、無残にも大蛇に喰われていったそうだ。そこで橘炎帝は、大蛇を封印することにした。封印は成功するかに思えたが、森には大蛇よりも恐ろしい化け物が潜んでいたそうだ」

「化け物?」

「それは、大蛇の退治に失敗して命を落とした人々の怨念。大蛇はその怨念と合体して巨大な怪物に変貌した。手に負えないと思った彼は、大蛇に火を付けた。大蛇は燃え尽き彼は太鼓を叩いた。今で言う鎮魂歌のつもりだったのだろう。大蛇が燃え尽きた後、英雄は死んだ。それからこの村では送り火祭りで大蛇の山車に火を付ける風習が始まった。もちろん太鼓の演奏も行い、死者の魂を送る鎮魂歌にそって」

「なるほど。村の入り口の石碑は、このことを意味していたのですね」


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