飛鳥ワールド

@3590

第1話 「空に落ちる」

────ある夜、夢を見た。


見慣れない殺風景な草原の中で、巨大な狐に睨まれている夢を。


しかしそれに恐怖は感じず、ただ....


涙が零れていた────



朝、飛鳥は目が覚めた。

「...うわ、ネガティブな夢を......。」

小言を言いつつ体を起こし、1階のリビングへと向かう。


日向飛鳥は17歳の高校2年生。これでも女子高校生なのだ。いや、だからなんだ。これと言って特別なことはない。すみませんでした。


「誰に謝ってるの...?」


しまった、最後だけ言葉が漏れていたようだ。


「い、いえ!何でもないです!」

「そう?困ったことがあったら言うのよ?」


声の主は、和子さんだ。とても可愛くて優しいのである。そして...


「おはよう、飛鳥。よく眠れたかい。」


和子さんの夫である浩之さん。心あたたかい人で、作家のお仕事をしている。

この2人は両親のいない私を引き取って養ってくれている方々だ。


「あぁ..バッチリ!!...です。」

「はは。そりゃあ良かったよ。」


夢の話は止そう。変な空気になりそう。


───この人達に迷惑はかけられない。


他愛の無い話をしながら朝食を終え、学校へ出発する準備を整える。

髪を結び、服も整え..

「今日から新学期..。行ってきまーす!」

家を飛び出した。


現在住んでいる街は自然が豊かで何より静かだ。昔からマンション密集地などの首都圏で転々と引っ越しを繰り返してきた私にとっては未だ新鮮に感じる。

静かで平穏であることが嬉しく思う。と言っても私自身[もう]特別なことはない....ハズ。


中学まで、変なものが見えていた時期があった。それは


「化け物のような何か」


これはどうやら自分だけだったらしく、

実害がある例もあった。部屋がぐちゃぐちゃにされたり、学校の窓ガラスが割れたりと...とにかく私が中心に起こるので気味悪がられるばかりだった。


それも高校進学と同時に何故かなくなり、化け物は見なくなった。アレは何だったのだろう....。嫌な思い出しか無いから忘れた方が良いんだろうけど...。


・・・・


思い出してる間に学校に着いた。

「飛鳥ちゃん、おはようございます。」

「アスおはー」


「何その縮め方。おはよー楓」


教室の扉を開けた途端声をかけてくれたのは2人の友人。礼儀正しいのが楓で、ふざけてるのが沙耶。


「やっぱ気に入らない?」

「やっぱって何よ....。それより聞いて、今日夢でね....。」


ピタリ


「??」


言って良いのだろうかと一瞬口を閉じた。気味悪がられるだろうか。それでも、言語として誰かに伝えておきたかったのだ。よく分からない夢を見て悲しくなったというこのモヤモヤしたものを。


キーンコーンカーンコーン


朝のホームルーム開始の鐘がなってしまった。タイミングを逃しちゃった...。あとで話そう。


・・・・


しかし言おうとしていたことを忘れ、放課後に当たり前のように学校から出てきてしまった。私、記憶力無さすぎるのだということを忘れていた。


とぼとぼと孤独に帰る道の最中、思い付く。

「そっか。スマホで送れば良いのか!私ってば天才!」


馬鹿馬鹿しいのは自分でも分かっていたが、ウキウキと携帯を取り出し文字を打とうとした


その時──────


ゴオオオオ!!


凄まじい音を鳴り響かせ目の前に巨大な猪のような獣が現れたのだった。



睨む。


睨んでるよ。


コイツ、殺意がある。


〔オ前ガ日向カ。血ヲ寄越セ。〕


微かに聞き取れた言語。しかし足が理解を拒む。今まさに化け物が突進して来ているのに動けない。腰も抜けてしまった。


───恐らく死ぬよね、私。 今日の晩御飯なんだったんだろう。友達に言いそびれたことあったのにな。まだお礼言ってない人だっている。遺書だって書いてない。死にたくない死にたくない!でも........


目を閉じた。私の物語は終わりなのだ、シャットダウンを始めなければ。


グガアアアアア!!


牙が目の前に....ッ さよなら皆さんっ...!

ズン!


急に重い音がなった。まるで何かを殴ったかのような.....?


「むーーーー、ヒトに手を出すなとあれほど言ったのに.....。」

「........へ...?犬....?」


目を開けてみると、眼前に迫っていた化け物は消えていて代わりに可愛らしい生き物がちょこんと佇んでいた。


「いぬじゃないぞ。偉大なるビャッコだ。うやまえ。」


「ビャッコ?」


「というより、キサマ。我々が見えておるのか。....まあいい。奴は追い払った。お前の血がよほどうまそうだったのだろう....。今回のことはすべてわすれて去れ。面倒はきらいだぞ。」


「化け物......また見え始めた....?」


「んー?おい、女。聞いとるのか。」


足をペシペシ殴られる。それをよそに私は絶望感に苛まれていた。まさか......高校以前の悪夢がまた.....。


「あ、うん。聞いてるよ犬!ありがとうありがとうー。」


「だからいぬではないと」


何であれこの生き物が助けてくれたのだ。命までは奪われなかった。これからの事はこの後考えよう。もうあの頃の私じゃないんだ、大丈夫。


「じゃあね!私行くから気を付けて帰りなよ子狐ちゃん!」


「なっ!バカもん、誰に助けられたと......んん?」


落とし物に気付かず、自己暗示をしながら飛鳥は場を離れる。スマホケースから学生証が落ちていたのだ。


「日向......?女!何か落として──」


ガサッ


「「!?」」


追い払ったはずの獣が陰から物凄いスピードで再び現れた

私目掛けて一直線に....


「...しまった。執念深い奴!!おーい女!!」


避けられるわけもなく


ザクッ!!


「がッ......ぁ....」


振り向く間もなく、獣の牙が浮き上がってくるように飛鳥の腹に鋭く刺さり


少女は、空に落とされた─────

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