第3話 死にたくなければ食え~そして死ね~

 小佐藤こさとう賀次郎がじろうはイケメンである。

 同じクラスの高嶺たかねの花である。


 背丈は……私が187cmもあるのだから私よりも低くて当然だが、彼は私よりも背が低い。


 性格は温厚でおしとやかでさえある。

 運動神経も抜群で、学業の成績も素晴らしいものだ。

 何よりも、小学校、中学校と男子には苛められ、高校生になってからは無視され続けているばかりの私に、朗らかに笑いながら接してくれる。――その笑顔のなんと美しいことか!


「で、料理は作ってきたの?」

「うむ。準備は出来ている」


 翌日の昼休みである。

 私は前日の相談の後、スーパーで材料を仕入れつつ、自宅で料理を作った。

 料理を作ったのは5年振りである。


「じゃあ、食べてもらってきなよ」

「う、うむ」


 私は緊張して自分の顔が酷く仏頂面ぶっちょうづらとなっていることに気づいていたが、とにかく、賀次郎くんの元へ急いだ。


「あ、あの。小佐藤くん、ちょっとのっぴきならぬ事情があって、人目のないところに来て欲しいんだが」


 急に話しかけたからか、賀次郎くんは困惑している。

 私は動揺した。


「のっぴきならないって?」

「べ、別に、嫌なら、良いです」

「あ、いや、うん。別に良いけど」


 優しい……

 と、視界の隅で親友がガッツポーズをとっているのが見えた。

 や、やめたまえ! 恥ずかしいではないか!


 そんなわけでまんまと誘い出すことに成功した私は、賀次郎くんと共に体育館裏にやって来た。


「兎穂村さん。僕に一体何の用かな?」

「が、賀次郎くん! これ、食べてください! お弁当です! 一生懸命作りました!」


 名前を覚えてもらえていたことに嬉しくなった私は、勢いに任せて用意していたタッパーを取り出す。


 いざ、勝負!


「こ、これは?」


 私は蓋を開く。

 そして、にやりと笑って言い放った。


「カレーです」

「な、なんでお弁当にカレーを?」


 その答えは明確である。

 昨日、材料を仕入れに行ったスーパーの入り口でカレールーが特売品として陳列されていたのだ。


「食べなされ!」


 私はこれまたスーパーのアイスコーナーに無料で置いてあったアイス用のスプーンをポケットから取り出し、突きつけた。

 用意周到な必勝の策である。抜かりは無い。


「これで食べなされ!」


 食え! そうすれば私の勝ちだ!


「こ、断る!」

「なん、だと?」


 私は動揺した。賀次郎くんも動揺していた。


「貴様! なんだこれは!」


 実に賀次郎くんらしかぬ声の様子であった。

 なぜ、そこまで激怒しているのか。


「カレーです」

「なぜ、青い?」

「ハワイ風です」

「……この不協和音をかもし出している匂いは?」

「コーラを入れたら、ちょっとこうなりました」


 賀次郎くんは顔をしかめる。

 私は激怒した。


「ええい、ごちゃごちゃうるせぇ! これでも食らえ!」

「な、何をする、ぐわー!」


 私はスプーンにカレーを乗せると、彼の口にねじ込んだ。


「お、オゲー!」


 賀次郎くんは心底毒を喰らったかのような顔をしたが、何とか飲み込む。

 食べ物を粗末にしないと思っていた。作戦通りだ。


「ヒャッハー! 好きになれ! 好きになったか?」

「……な、なるかー!」


 今、吹き荒れる怒りの旋風。

 賀次郎くんは腕を伸ばして、私の胸倉を掴んだ。


「貴様、絶対に許さん!」


 眼下の彼は阿修羅のごとき形相である。

 なぜだ?

 私の料理を食べれば、好きになるのではなかったのか?


 賀次郎くんは「この屈辱、そして何よりも食への冒涜。決して忘れん」と言葉を残すと立ち去った。

 理解不能である。

 彼が立ち去った後、涼しい風がそこに吹いて、途端に私は寂しくなった。

 耐えようの無い孤独であった。


「なんで、あの優しい賀次郎くんが……」


 そんな独り言を力なく口にしてみたが、ふと気づくと背後に徳子が立っているではないか。

 私は問うた。


「徳子。私は敗北した。何がいけなかったというのだろうか」

「バカかお前は」


 なんと、普段おとなしい、あの徳子も怒っている。

 と言うか、この女。こっそり後を付けて、物陰から覗いていたのか?

 だとしたら怒りたいのはこちらの方である。


 だがしかし、徳子の怒り様は凄まじかった。


「なんでハワイ風にした? コーラはなんで入れたの? そもそもカレーってなんで?」

「り、林檎と蜂蜜って言うのが売りのCMを思い出したのだ。林檎は林檎ジュースを入れて、蜂蜜は無かったのでブルーハワイのカキ氷シロップとコーラを入れたのだ。蜂蜜と同じくらい糖分が多いので、それで良いかと思って」

「……」

「カレーは初心者でも作りやすくて良いかなと。スーパーでルーの特売してたし。お得だったから」

「その特売、私も見たけど特売してたルーって辛口じゃないか! 林檎と蜂蜜なら甘口でしょ! って言うかハワイ風って何? この色、ゾンビだよ! ゾンビカレーだよ!」


 息を荒げる徳子。

 何をそんなに怒っているのか。


「徳子、あんまりじゃないか。私のカレーを何だと思ってるんだ?」


 何だと言えば、そういえばナンもライスも用意してない。

 なるほど、敗因はこれか。カレーにあるまじき失態である。


「ミミちゃん、これ、ちゃんと味見した?」

「ん? 徳子はこんな不気味なものを私に食えと言うのか?」


 徳子は、その背の低さで器用に跳ねて、私の頭をひっ叩いた。

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