第2話 タイガー&ホース ~トラウマ~

「そんなわけでピンチである」

「今度は何したの?」


 私が開口一番に放った言葉を聞くと、親友の湯里島ゆりしま徳子とくこはそう言ってため息をついた。


「実は、かくかくしかじか、毛が無い理事長を怒らせた」

「かくかくしかじか、なるほどねぇ。今度ばかりはミミちゃんもダメかもね」


 繰り返し述べるが、罪状はまだ無い。

 だが、時間の問題である。


「親友よ。是非、助けてくれたまえ」

「あきらめたほうが良いんじゃ……」

「いや、ちょっと、そこをなんとか」

「私にはどうすることも出来ないよ。まぁ、学校で一番偉い人を怒らせたんだから、退学になるんじゃないかな?」


 私は動揺した。

 退学なんてごめんである。そんなことになったら、明日からどう生きれば良いと言うのか。


「どうか見捨てずに、何とか策を」

「策なんて……うーん、あえて何か出すなら『ミミちゃん、料理すれば良いんじゃない?』くらいしか言えないよ」


『料理』だと?


 私はさらに動揺した。

 この湯里島徳子は私の料理をどうしろとのたもうのか。


「うん。ミミちゃん、もう『料理』しかないと思う、理事長に食わせよう」


 だが待ちたまえ徳子助手。

 私は料理を封印した。あれを作ることなど出来ない。

 あれは魔道のごとき謎の力が働く、禁断の行為なのだ。


 話は5年前に遡るが、あれは小学校の家庭科の授業。

 調理実習で私が作ったハンバーグを食べた男子が、みんな狂ってしまったのだ。


 原因は不明である。

 しかし、散々目つきの悪いのっぽの根暗だとバカにしていた男子達が、私が作ったそれを咀嚼して飲み下した瞬間、急に顔を赤らめると「かわいい」「好き」「結婚したい」などと言いはじめ、私を付けねらい始めた。


 急に出現したモテ期である。

 私は動揺した。

 連日届くラブレター。電話は鳴り続け、出ても無言でサイレントと言う謎の家電製品に様変わりし『安息』の二文字は消え去ったのだ。


 とは言え、最初は料理が原因だとは分からなかった。

 後日、それまでクールでかっこ良かった父が私の料理を食べた瞬間、「ミミちゃん、かわいいー! パパとチュッチュしよーよ、チュッチュ!」と豹変し、事態が発覚したと言う次第である。


 私は料理を封印するしかなかった。

 あの日、料理を食べた男子達は全員私のストーカーになり、ある男子は人目もはばからずに私のリコーダーを盗んでペロペロと嘗め回し、学級裁判で裁かれてしまった。


『男子達が兎穂村さんの笛を取り合って舐めてました!』

『えー、かわいそう!』


 リコーダーは迷わず捨てた。

 変態と化した男子達は漏れなく転校し、後に残ったのは被害者を見る哀れみの目だけだった。


 だが、当の私から見れば、私はどう考えても加害者だったのだ。

 私の料理で、人生を狂わせてしまった男子達に、なんとお詫び申し上げればいいのか。

 そうしてさらに根暗になり、ついには苛められて過ごし、今に至る。


 寂しい青春時代。

 あの時、家庭科の班で一緒だった、この徳子だけが変わらずにいてくれている。

 これのなんとありがたいことか。


 ……親友よ、私は君に助けられてばかりだ。

 だが、今回ばかりは全力で異議を唱えさせてもらう。


「待って欲しい。理事長を魅了してなんとする?」

「それしか助かる道は無いんじゃないの? 退学になっちゃうよ?」


 無理だ。

 なぜ年齢が2倍以上離れたパチンコ玉を魅了しなければならないのだろうか。

 もしそんなことになったら『私の恋人を紹介します。晴れた日に良く光る丸い玉です!』と言うことしか出来ないではないか。


 しかも既婚男性なのだから禁忌と言うレベルではない。


「断固として反対である!」

「……ふーん。なんで? 好きな人でもいるの?」

「いない! だが、その、どうせなら、理事長の息子の……賀次郎がじろう君に食べさせたい。いくら理事長でも息子の恋人なら退学には出来ないはず。それでも良いのではないでしょうか?」


 にやつく徳子。


「賀次郎くんに食べさせたいんだ?」

「た、他意はない」


 嘘である。

 私の思い人、小佐藤コサトウ賀次郎がじろうくだんの理事長の息子なのだ。

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