平成から令和へ

 僕はボードゲームだ。

 高岡家の小さな姉妹が今日も私のルーレットをこねくり回し、きゃっきゃと騒いでいる。


 プレイヤーはルーレットで出た目に従ってコマをすすめる。就職して給料を貰い、土地や家を買ったり、橋を架けて他のプレイヤーから通行料を頂いたりする。

 そして実際の人生のように結婚して子供が生まれたり、離婚したり、破産したり。


 姉の柚香ゆずかは常に慎重だ。いつも公務員を選ぶ。アパートを二棟持っている。収入の半分を貯蓄して4分の1を不動産投資に回す。残りの4分の1は生活費だがそこでも贅沢はしない。なんだかんだで、そのほとんどを資格取得や勉学資金に費やしている。


 妹の蜜柑みかんは破天荒。選ぶ職業はアイドルだったり舞台演出家だったり牧場経営者だったりいつも違う。絶えず結婚と離婚を繰り返す。だけど底抜けに明るい。

 大抵は失敗するが、時々、億万長者になる。ゲーム・マックスのミリオネア。

 それに蜜柑はいつでも復活する。姉の柚香が助けてくれる。柚香はまず妹を自己破産させ借金をチャラにしてから、アパートを一棟売って再出発させる。

 破産からのミリオネアは逆転満塁ホームランみたいでゲームの華だ。


 いつもふたりは仲良し。

 ゲーム序盤はお互いの橋を爆破したり、婚約者を略奪したり、偽の約束手形で詐欺を仕掛けて騙したりと騒々しく喧嘩するが、どちらかが本当に窮地になれば助け合う。

 

 

 黒髪が揺れた。柚香は真剣だ。公務員でもどれにするのかで悩んでいる。そしてどうやら経産省に決めたようだ。序盤で資金を投入して国家公務員一種を突破している。

 一応は定年までを見据え、入ってくる情報を上手く使い地道に資産を増やしていく予定。


 茶色がかった癖っ毛が額にへばりつく。蜜柑もいつになく真剣。ハンカチを出し、柚香が汗を拭いてやる。中東の石油王と知り合ったのだ。姉の通り道に地雷を仕掛けつつ、ここが踏ん張りどころとおしゃれなブティックで服を買いあさっている。


 

 人生のルーレットは回り続ける。時間はその流れを止めはしない。



 柚香が落ち込んでいる。投資したマンションが不動産バブルがはじけ値下がりしたのだ。

 借金はないものの、それまで費やしてきた努力がすべて灰となった。

 アラフォー独身。負け犬などと世間からの口さがないレッテルにたえる日々。

 ルーレットをいくら回してみても、BSの長編韓国ドラマで現実逃避するのが関の山。

 だがそこに救いの手が差し伸べられる。


 蜜柑は石油王との結婚には失敗したが、手切れ金で夢だったケーキ屋さんを経営し順調にチェーン展開していた。ゲームの駒には夫の赤いピンの他に黄色いピンが三本刺さってる。

 四人目を産むかはただいま検討中。

 専業主夫をしている旦那の大学時代の友人で、大金持ちではないがそこそこの資産のある気持ちのやさしい中小企業の二代目を姉の柚香に紹介した。


 袋小路だった柚香のエリアに新しいレーンが提示される。





「こらこら~またそのゲームやってるのか? 蜜柑はいっつも破産するだろ?」

 高岡家のご主人が子供部屋に入ってきた。


「ちがうもん。ミリオネアにはなってないけど、ケーキ屋さんで大成功だもん」

「本当か? またお姉ちゃんに助けてもらったんだろ~」

「今日は蜜柑がお姉ちゃんを助けたの~」

「本当かい? 柚香ちゃん」

「うん。今日は柚香が蜜柑に助けられたの」

「ふーん、珍しいこともあるもんだ。けどお父さんは蜜柑もお姉ちゃんを見習ってちょっと堅実になって欲しいな~」

「堅実だもん。アイドルは失敗するけど、舞台演出家になったら成功するもん」

「それはカードに書いてある、『一切の妥協をするなっ! 感情は捨てろっ!』ってセリフ叫びたいだけだろ?  さっ、二人とも、おやつあるから手を洗ってきなさい」


「はぁ~い」

「あ~い」


 やれやれ。今日はこれにてお役御免のようだ。




  

 高岡家のご主人は姉妹に対して、いつも愛情をもち平等に接している。

 なので僕は安心していられる。

 それはなかなか出来ることではない。若いのにまったく素晴らしい人格者だ。

 



 僕はどうしても柚香を見てしまう。ルーレットで優遇はしないけれど、どうしても血縁を優先してしまう。むろん、蜜柑ちゃんも可愛くはあるのだけれど……


 自分の悪いところが似てしまって、あまりに消極的な柚香には歯痒ささえ感じてしまう。堅実なのはいいけれど、人生はたった一度っきりしかないのだ。もっと積極的になって……覗けば絶えず変化する万華鏡のような光り輝く未来を信じて欲しい。震えてなにもできず、ただまじめに生きるだけで突然訪れた死の間際、後悔だけが残った僕のような人生を歩んで欲しくない。せめて子供のうちくらい……


 だけどそれさえも、柚香が決めることなのだと、今は思えるようになった。



 僕がこのゲームに取り憑いたのは父親としての執念だったのかもしれない。

 残された我が子が心配で、ただもうすこしだけ側に居たかっただけなのだ。

 それで少しばかり、あちらに逝くのが遅くなってしまった。けれど……



 妻が再婚した相手は優しく頼りがいがあってそろそろちゃんとバトンタッチするべき時がきたのだろう。蜜柑ちゃんという新しい家族も増えて、元気に健やかに育っている。



 もうすぐ元号が変わる。ゲームも平成版から令和版へ。



 だから残りあと寸刻すんこくだけ、僕はルーレットを回すよ。


 



 



 


 

 



 
















 


 

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