「姉」「万華鏡」「執念」

空飛ぶ赤べこ

 

まる  たけ  えべす    おし  御池おいけ


あね  さん  六角ろっかく  たこ  にしき




 to: マイケル

 僕は日本の古い都、京都に来ています。雰囲気としては、ニューヨークのブルックリンにすごく似ている。摩天楼のマンハッタンと比べて高層の建物も少なくのんびりしたブルックリンと同様に街並みは古く、近場に割りと大きな琵琶湖と言う淡水湖もある。水の側で形も似ているから、地図だけ見ると錯覚しそうだ。

 君が絶賛するエキサイティングマッドシティ大阪とは、隣町だけど雰囲気がまるで違う。職人気質の街さ。




 to: デビット

 デビット。今何時だと思ってる? メールだからって時差を考えてくれよ。

 しかし驚いたな。日本に行くなんて。おかげで朝食のフレンチトーストを焦がしちまった。むろん僕も京都は観光したよ。けれど行く先々でお茶漬けを出されるのには閉口した。やはり東京の思い出横丁でモツ焼きと黒ホッピー。北海道で蟹。香川でうどん。特に大阪はエキサイティング! 串カツ食べて前歯が焼酎で溶けたおじさんと昼間からダンスを踊るのが、正しい日本の楽しみ方だ。 

 ところで、その意味不明の漢字の羅列はなんだい?



 

 to: マイケル

 トーストを炭にしたのは謝るよ。お詫びの印に君の大好きな赤べこと浅草のマルベル堂で応援してる赤のブロマイドを買って帰るよ。

 まったく君って男は、赤が好きだよね。

 先程の漢字はなんてことない、京都のストリートの名を覚える数え歌さ。

 京都には日本では珍しく、住所さえ分かればどんな複雑な場所へも迷わずにたどり着けるシステムがあるんだ。『上ル、下ル、西入ル、東入ル』アップ&ダウン&ゴー・ウエスト&エンターイング・ザ・イーストってな具合にね。




 to: デビット

 誤解しているようだが僕は別に赤しではないよ、箱推しだ!

 だって、推しメンの青色が卒業して次は緑色さ。僕が推すと卒業していく。

 これは神の戒めだと感じたね。平等に人を愛す。今は箱推しで赤が気になる状態。

 でも赤べこは珍しいのがあれば買ってきて欲しい。

 それはそうと、どうやら単なる観光ではなさそうだね。もしかして例の謎の組織か?




 to: マイケル

 それはまだ言えないのさ。君にまで危険が及ぶ。なにせFBIどころかCIAまで躍起になっているからね。ロシアの諜報機関が横から狙ってるなんて情報もある。

 だけど、中東から始まって各国を巡る旅もここで終わる予感がするよ。

 雨降り前に、ポスターのサムおじさんの白ひげが巻き上がるように肌で感じる。

 事件が解決したらウルフギャングステーキハウスで熟成肉とワインを楽しもう。




 to: デビット

 やはりそうか……。でも翻訳したら デビルフィッシュ だけはやめておいた方がいい。大阪でも僕はたこ焼きだけは食べない。けど君の能力ならば心配はいらないかな? 

 赤べことブロマイドと熟成肉を楽しみに待っているよ。


 to: デビット

 調子はどうだい? 君のことだ心配はいらないだろ? なにせストリートさえ間違わなければ、たどり着くことが出来る。たどり着ければ、君がドジを踏むはずもない。


 to: デビット

 僕の身を心配してくれるのはありがたいが、返事をかえして欲しい。

 巻き込まれるなんてなれっこさ。今、どう言った状況なんだい?


 to: デビット 


 to: デビット 


 to: デビット











 to: マイケル 

 油断していた。姉小路通シスターストリートを曲がったところで誰かに後ろから殴られた。目を覚ましたらどうやら僕は監禁されているようだ。革靴に仕込んでおいた通信機器に気付かれなかったのだけは幸運だった。


 

 to: デビット

 君が生きていることを神に感謝しよう。監禁されてる場所は特定できるか?



 to: マイケル

 気を失ってからおよそ8時間は経ってる。いくら狭い日本だって特定は無理さ。

 ともかく、奇妙な箱のような部屋に閉じ込められている。



 to: デビット

 いったいどういうことだい?



 to: マイケル

 正立方体、つまりサイコロの内部のようだ。ドアも窓もない。

 壁も床も天井も色とりどりの大きな四角いタイルで埋め尽くされている……白……

 黄色・青・赤・緑・橙色……



 to: デビット

 白・黄色・青・赤・緑・橙色だって……? 壁でも天井でもいい。ひとつの面には幾つのタイルがある?



 to: マイケル

 1・2・3……9。九つだな。それがどうかしたのか?



 to: デビット

 デビット……それは立体パズルだ! 子供の頃、遊んだだろ?



 to: マイケル

 立体パズル? あぁ、ルービックなんとかって、小さな四角い箱をカチャカチャと動かして色を揃えるおもちゃのことか? いかんせん、僕はそれで遊んだことがない。



 to: デビット

 おもちゃは表面を揃えるパズルだが、そこは箱の内部から中の面をそろえる仕組みになっているに違いない。ためしにどこでもいい。タイルの一列を動かしてみろ。



 to: マイケル

 ……動く。動くぞ。少し力を入れると縦でも横でも一列がぐるっと回る!



 to: デビット

 デビット! 全部、揃えるだ。恐らくすべての面が揃えば外に出られるはずだ!









 それから先は、質量を持たぬ、残像のようは記憶しかない。

 ともかく僕は汗だくだった。

 自分の体重が乗った床を水平にくるっと回すことだけは出来なかったが、それ以外の列は残らず動かすことが可能だった。背伸びをしたりかがんだり大変な全身運動で、どういった構造かはわからないが、どうやら敵はまっとうな謎解きを仕掛けているらしかった。


 一面、二面はやすやすと揃えられる。だが三面になると途端に難しくなる。

 

 何百回、何千回、それ以上。僕はマイケルのアドバイスを受けながら気の遠くなるほどの作業を続けた。途中からは、まるでランナーズハイだ。


 ピザ職人が頭上に生地を放り投げ、アクロバティックに回すように。

 

 ケージでハツカネズミが、回し車をカタカタとさせるように。

 

 カンフーの達人に教えられた型を少年が真似するように。






 部屋の内部で色とりどりのタイルが乱れ動くさまは、まるで万華鏡だ。


 




 だがマイケルもさしてこのパズルに詳しくはない。

 国際電話はつながらず、やりとりはインターネット経由のメールだけ。

 歯がゆくもどかしい時間だけが、延々と続く。










 だから不意に訪れた幸運は、偶然と言っていい。


 いや、奇跡だった。


 意図してなかった動きで、吸い込まれるように、突然すべての面が揃う。




 ブーン。

 部屋全体に鈍い音が鳴り響き、ぱらぱらとタイルが崩れ落ちる。

 天井からも振ってきた。僕はあわてて両腕で必死にガードした。




 


 

 to: マイケル

 さっきの数え歌には続きがある。   あや  ぶっ  たか  まつ  まん  五条ごじょう

 監禁されてた場所から飛び出して舞妓さんに聞いてみれば、ここは仏光寺通り。

 案外、近場で遊ばれたようだよ、僕は……




 to: デビット

 無事で良かった。今回は運良く助かったが相手が悪すぎる。

 もうその組織からは手を引け。CIAに任せて、なんならロシアにくれてやれ。

 一介の大学教授の君が立ち入っていい領域じゃない!




 to: マイケル

 マイケル。この立体パズルゲームを発明したのは誰だ?




 to: デビット

 ん? ハンガリーの建築学者だが……




 to: マイケル

 ハンガリー。仏光寺通りは……つまりフランス。シスターもなにかのヒントかもな。

 そうそう簡単なクイズでもなさそうだが、次の行き先はヨーロッパに決まりだ。




 to: デビット

 デビット。どうかしてるぞ君。サムおじさんの白ひげは巻き上がったはずだ。

 危険な旅はもう終わらせろ!



 

 to: マイケル

 生憎、僕は執念深くてね。それにポスターのひげが巻き上がることはないのさ。

 残念だが熟成肉はお預け。赤べことブロマイドは、航空便で送ることにするよ。






 …………

    

 …………




 七条ひっちょう  こえれば  はつ  九条くじょう



 十条じゅうじょう   東寺とうじで  とどめさす


  



 

 

  

 

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