ばあ Mさんの話
あ、あは……そろそろ私が話しますね……へへ……。
すす、すみません。あがっ、あがり症、なんです……うまく話せなかったら、……ごめ、なさい……。話し出したら落ち着くとおもっ、思うので、それまでごご容赦ください……。うう……。
あれは……一年くらい前だったと、思います。私には、この子……あ、見ての通り妊娠してるんです、ふふ……この子とは別に幼い娘がいます。お姉ちゃん、ですね……その子との話です。
たっ、たどたどしいながら、会話ができるようになった娘は……いないいないばあが、とても好きでした。私が忙しくて相手ができない時は、ぬいぐるみ相手にやっているくらい。すっごく微笑ましくて可愛くて、疲れていても癒されるんです。
それでも寂しいだろうし、ほんとは保育園に入れてあげられたらいいんですけど……この地域のはどこもいっぱいで。
私が専業主婦だったから、まだよかったかなって。旦那も理解ある人ですし、思ってたほど酷い苦労はありませんでした。
その日も私が食器洗いをしてる後ろで、娘は楽しそうにいないいないばあをしていました。早く娘の相手になろうと家事を片づけて、近寄ったんですが……どうにも妙なんです。
娘は何もないところを見上げてやってたんです。そうですね、ちょうど成人が膝立ちしたくらいかな。だから少し心配になってぬいぐるみを手に取って「ほら、ミミちゃんはこっちだよー」って声をかけました。
そしたら娘は首を振ってこう言うんです。
「コウちゃんが、いないいないばあしてっていうの。えほん、よみたいのに」
娘のぬいぐるみの友達たちにはメメちゃんやらハナちゃん、あとテテちゃんだったかな。そんな名前の子たちはいるんですけど、コウちゃんなんていないんです。
娘はこだわりが強くて、気に入ったぬいぐるみにしか名前を付けないし、新しく買い与えてもいません。
私が思わず考え込んでいると、娘は見ていた何もない空間を指さして、
「ママみて。コウちゃん、ニコニコしたよ」
って教えてくれました。
その晩、旦那に相談しました。彼も不思議がってくれましたが、結局、空想ごっこって結論に落ち着きました。
実害があるわけでもないし、娘が楽しそうだから見守ることに決めたんです。
旦那はコウちゃんに心当たりはないけれど、名前を娘から聞いたことがあるそうです。どうやら私が気づかなかっただけで、コウちゃんが娘の友達に加わったのは結構前からみたいでした。
その後しばらく何もなくて、あ、私の懐妊が分かったくらいでしょうか。コウちゃんがいることにもみんな慣れてきました。
コウちゃん以降は姿のない名前付きのお友達は増えていません。
あ、ぬいぐるみは増えました。旦那はあまり娘といられないから、その分可愛いぬいぐるみを見つけると、ついつい買ってきてしまうので……。そして、マユちゃんとノドちゃんが仲間に加わりました。
娘は本当に毎日楽しそうで、誰もいない空間に向かって、真剣にいないないばあするのも微笑ましく感じていました。
……慣れてしまってたんですよね。おかしいことのはずなのに、あんまりにも長く続くから……。
それに気づいたのはほんの数か月です。
コウちゃんが近づいてきていました。
段々娘が見ている位置が下がってきて、娘が私や旦那の背後を見ながらやることもあって……。
実はこの頃、娘は保育園に行っていたんです。空きがようやく出て。
旦那が通勤途中に送ってくれるので、私は二人を笑顔で見送っていました。
娘は心から楽しそうに、嬉しそうに手を振って出かけて行くんです。そして「行ってきます」のあと、必ずこう言いました。
「ママ、コウちゃんとなかよくね」
娘は……誰に手を振っていたんでしょうね。
次第にコウちゃんが近づいて来てると実感するようになり、私は一人で家にいることができなくなってきました。
当然ですよね……得体のしれない何かがいるかもしれないんですから……。
ありがとうございます。大丈夫です。まだ話せますよ。話さないと……私だけこんな思いを抱えてたくないですから。
昼はお散歩して、夕方に娘を迎えに行く生活をしばらく続ける羽目になりました。あ、でも、それがよかったのかもしれません。
コウちゃんがいなくなったんです。
娘がいないいないばあをしなくなったから、そう判断しただけですが……なんだか家の空気まで良くなったように感じるんです。
ああ……、よかった……。やっと元に戻ったんだ。
わけのわからないものから、か、解放されたんだって、すごく……ホッとしました……。泣きたくなるほど……嬉しかったんですっ。
あんまり浮かれてしまったせいか……おかずを作り過ぎちゃって、旦那を困らせたこともありました……。
それも……今思えば、いい思い出でしたね……。
ここでお話が終われればよかったんですけど……ごめんなさい。
ほんの二週間前ですね……。
もうすっかり大きくなったお腹を旦那となでていたら、娘がとことこと歩いてきたんです。つい最近、お姉ちゃんになるのが楽しみなんて言っていたものですから、私のお腹を真似してなでるんです。
「いいこー、いいこー」
親としてこんなに幸せな時間ってないですよね。愛する家族がこうして一緒にいるんですから。
娘がニコニコ笑って、ホッとしたようにこの子に話しかけました。
「よかったね、コウちゃん。これからはママにいないいないばあしてもらえるね」
ねえ……っ、何か……何か言って下さいよ……。
私はこの子をどうしたらいいんですか……?
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