第十八話 漁夫の利
影と鎧が、なんだかとても凄まじい速度で戦っている。
「……」
呆然と眺め、私は、何時の間にやらやってきたヒナとともに、その戦いを眺めている。なにあれ……と若干引きながら。
「あれが、五番目ですわ」
ヒナは続ける。
「近接戦闘においては、群を抜いていますの」
「じゃあ、あの影は?」
「あれは……わたくしにも、よく」
ヒナも、あの影については知らない。ほんとになにあれ。
「私達は……」
「放っておきましょう。巻き込まれたくありませんもの」
そう言うヒナへ首肯し、私達は周囲に警戒しつつ、目の前の戦闘光景を眺めていた。影も鎧も、恐ろしく速く、恐ろしく破壊的だ。あの速度に、果たして私は追い付けるのだろうか。
そして、決着はついた。
轟音と共に大きな暗い赤色の球体が生じると、影も鎧も両者ともに消えた────わけでは、ない。
「まだ、残っているわ」
ヒナに言い、爆発の中心へと近寄る。
球状に穿たれた穴の真ん中に、銀色の髪をした女が仰向けに転がっている。黒い鎧はもはやなく、緩衝の役割なんて皆無の真っ黒のインナーを着ている。けれどもところどころ破け、全身傷だらけで、千切れかけていて、その腹部は……これでは、もう長くないだろう。
「……生き残ってしまった」
私がいるのを知ってか知らぬか、独り言のように銀の女はこぼす。げぼっと咳込み、泡立った血がその口より溢れ出た。
「安心して。もう、長くはないから」
彼女へ、言う。事実だ。
ここで私が殺そうとも、殺さずとも。
治癒のできるものがいれば助かったのかもしれないが、ここには誰もいない。いたとしても、そうする意思がない。この女は、敵なのだから。
「……生き残ってしまった。死ぬならば、相討ちが良かったのに」
無視だった。
呆然と、銀の女は虚空を眺めている。
その間にも血は所々から溢れ出し、その命を燃やし尽くそうとしている。
「介錯してあげようか?」
「不要だ」
琥珀の瞳でキッと私を睨み、銀の女は言いきる。
「私は、この傷で死ぬ……」
かろうじて動く右手で、愛おしそうに自らの傷をさすり、彼女は続けた。
「違うな……この傷でしか、私は死ねないのか……ははは…………」
どうして?
「……」
湧き起こる疑問を、私は呑み込んだ。
聞いたところでこの女は答えないという確信があったからだ。
だから私は、銀の女が息絶えるまで黙って待つことにした。その間、彼女はもはや何も言わず、ただじっと空を眺めていた。快晴だ。死ぬにはきっと、良い日だろう。
程なくして、名も知らない銀髪の彼女は動かなくなった。
その笑んでいる死に顔を、私は胴体から斬り分けた。切断面からごぼりと、勢いのない血がこぼれでる。
これで確実に死んだはずだ。
敵の戦力は一つ減った。
それも、もっとも恐ろしい存在が、だ。
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