第十七話 鎧と影

 見下ろすと、黒鎧が巨大な突撃槍を逆手に、こちらを照準していた。

 感覚を研ぎ澄まし、意識を速め、間に合え──!


「ぐ────」


 加速してもなお、間一髪だった。

 天井に漆黒の突撃槍が突き立ち、霧散する。

 槍は精確に私の上半身を狙い、その通りに射出された。


「援護を、お願い」


 黒と金の刃を、握りしめる。

 ひとつ息を吐き、呼吸を整える。心を落ち着かせる。

 冷静であらねば、長くは生きられない。

 隙をつくる。

 ヒナの光が、確実にあの黒鎧を消し炭にできるような機会をつくる。


「なんとか、やってみせるから」


 不安げなヒナへ微笑み、私は黒の刃を窓の外へと放る。

 瞬間、放られた黒刃を突撃槍が弾き飛ばす。

 虚の道をたどり、私の手にある金の刃が、くるくると弾かれた黒の刃へと寄り添う──「────!」身体は中空にある、眼下には黒鎧が、やはり突撃槍を逆手に待ち構えている。突如現れた私に動揺を示していたようで、刹那、その動きが止まる。たとえ僅かの間であろうとも、それは隙だ。視界に、数多の光が直線を引く。光の雨が、黒鎧を襲う。ヒナだ。

 一切の容赦のないその光。

 私が一人であれば、あの鎧には到底敵わない。

だが、私達は二人だ。二人で戦っている。


 光の豪雨が過ぎたのち、黒鎧は傷一つなくその場に立っていた。


 ◇


「さすがに、固いわね」


 草原に着地し、私は黒鎧と相対している。

 ヒナはビルの中。そこでいい。そこから、援護をしてくれればいい。

 黒鎧は虚空に黒の点を生じさせ、そこから突撃槍の柄が、穂先まで現れる。なるほど、そうやって弾を補充していたか。

 突撃槍を握りしめ、黒鎧は私を見つめている。


「……」


 ふと、黒鎧は首を左右に振る。拒否の動き。なんだ?


「貴様らでは、ない」


 はっきりと、黒鎧はそのような言葉を発した。喋れたのか。

 それに私達ではない、とは。


「あなたはなに、を────っっ!?」


 場に、急激な圧がかかる。

 心臓が早鐘を打ち始める。

 重圧プレッシャーだ。それも並々ならない。

 新手、どこから、誰が──

 

「あぁ……!」


 真っ先に動いたのは、黒鎧だった。

 瞬時に突撃槍を逆手に、そこへ投擲する。

 亜音速の突撃槍はそして、それに叩き落された。


「スペクター……?」


 そこには、黒い人型の影がいた。

 魔王の影スペクターだ……だが、違う。

 あれがスペクターならば、なぜこうも発する存在の圧が違う? 

 桁違いの重圧と殺気と戦慄を伴っている?

 それにあの影は、あの黒鎧の投げた槍を、いとも容易く対処した。


「待っていたぞ、私は、あなたを──!」


 黒鎧の周囲に、黒い点が二つ生じる。

 そのいずれも弾け、身の丈ほどの黒の大剣が現われる。

 

「ふ、はっ……はははっ……!」


 押し殺したように笑い、黒鎧は諸手の大剣を、黒い影に向けて投げた。やはり投げるのか。

 ぐるぐると回りながら、二振りの大剣は影へと向かう。影は、左手の鉄パイプ(のような影)を振るう。それであっけなく、大剣は弾かれた。


「遅い!」


 影のすぐ眼前に、黒鎧が大剣を振り上げ、下ろす。

 鎧を着込んでおきながら、なんて速度だ。

地を蹴った拍子に大地が割れてしまっている。


「────!」


 影は真正面から振り下ろされる大剣へ、真っ向から鉄管の影を振り上げる。大剣と鉄パイプとの競り合い。均衡できているのが異常だ。


「く、くく……!」

 

 力は、黒鎧の方が圧倒している。

 影はしかし、どこか不吉さを感じさせる。 


 私たちはすっかり蚊帳の外。

 どうしよう。

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