第十六話 彼女の罪

「……ミ、ヨ……ミ」

 

 声が、聞こえる。


「ヨミ!」

 

 目を開けると、黄金の双眸が私を見下ろしていた。


「ああ……!」


 ぎゅうと、抱き締められる。

 肉感的なその身体、斬り……頭がずきりと痛む。

 今まで以上に、痛みが激しい。 


「驚きましたの。いきなりあなたが倒れるものですから、わたくし心配で、不安で」

「ここは」


 まくしたてようとするヒナの言葉を遮り、私は聞く。


「わたくし達のビルの中です。安心なされて、ここは安全な場所ですので」


 なんでも、勇者の首筋をかき切ろうとした私がいきなり倒れたために、ヒナは慌てて私を担ぎ、ここまで逃走してきたらしい。

 ということは、あれは幻術か。

 勇者の首を斬った箇所から、もうすでに幻の中にあったのだ。

 であれば、あの妙な光景も、また……。


「ヒナ」

「なんでしょう?」

烏有悠うゆゆって、知ってる?」

「え────」


 一瞬で、ヒナの顔が絶望に染まる。

 知られてほしくないナニカを知られてしまったかのように。

 きっと、そうなのだ。

 ヒナは今、最も知られたくなかった事実を、最も知られたくなかった人間に知られた。

 あの大広間での光景は、実際の出来事……信じたくは、ないけれど。

 

「よ、ヨミ……それは、いったいどこで……」


 もはや平然を装えず、可哀そうなほどにヒナは狼狽えている。それがまた、事実の裏付けとなってしまっている。

 

 頭が、ずきりと痛む。

 心の奥底で、命令される。


「夢を、見ていたの。大広間に小さな私がいて、真っ白の化け物たちがたくさん現われて────そこに、貴女がいた夢」

「い、いえ、そんな、わたくしは……わたくしはっ……」


 ────れ、と。


「ねえ、ヒナ。正直に答えてほしい。私の見た夢は、本当にあった出来事なの?」

「ごめ、ごめんなさいヨミ、わたくしは……う……」


 ────斬れ、と。

 この女を、私達の仇を、斬ってしまえと。

 私の奥底に眠る記憶は、ずっと叫んでいたのだ。

 この女は仇だ。殺すべき仇。

 喰われる私達を、冷ややかに見つめていた女。


「うう、ううう……!」


 顔をくしゃくしゃに、どうすることもできないヒナは幼児のように泣き始めた。


「でも、今の私には関係ないわ」

「……え?」


 それは自責の涙だ。

 その涙が嘘であるとは思えない。

 自らへの呵責に圧し潰された者の涙を見て、私の殺意は、斬れという衝動は鎮まった。


「それについては、後でゆっくり話しましょう」


 ともかく今は、それどころじゃない。

 きっと勇者は、ここにくるのだから。

 私たちは、それをなんとかしなければいけないのだ。


 ヒナが戦闘装束を出現させ、私達はそれを着用する。

 これより行う殺し合いの為に、形も引き締めてかかる。


「ヨミ……」

「過去に執着し続けるのは、私の性に合わないの。起こったことは起こったこと、過ぎたことは過ぎたこと、省みる点はあっても、執着する必要性は感じない。それに、ヒナ、あなたは、私の見る限りだととても反省している様子だわ。自分で自分を咎め続けている」

「ヨミ、わたくしは」


 ヒナが何事かを言うその前に、


 ガシャンという音が、外で響いた。

 次いで、壁が大きく穿たれる音。


 ああ、遂にやってきてしまった。

 私が最も出遭いたくなかった相手が。


 過去について話し合うのは、この戦いが終わってからでいい。

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