閑話 西へ来ました
「ここは、ナギョウ町ですよ。勇者殿」
クラウさんが、そう教えてくれました。
変な名前です。
アギョウ村の流れを汲んでいるのでしょうか。
「近くには、年がら年中青々とした大草原が広がっています。まあ、今は双極のテリトリーになっているので、近寄ることは即ち死なのですけどね」
双極。
アメンの森にいた魔王幹部と同じ、魔王の配下の二体です。
太陽と月の覆いを顔にかけた、スタイルの良い女性のような姿をしている魔物。
倒さなければならない相手ですが、すぐには挑みません。
今、私と一緒にいるのはクラウさんとマシロさんだけです。はい、他の誰とも逢いませんでした。ジールさんとアギョウ村で会ったきりです。
ざわざわと、中央の通りには露店が並んでいて、人でごった返しています。
東地方からは、街道をずっと歩いてきました。
世界は、北方以外は全て街道で繋がっています。街道を歩く限りは安全で、出遭う魔物もそう強くはありません。実際、真っ黒な犬みたいなの(クラウさん曰く、ドグです)と、真っ黒な鳥みたいなの(曰はく、バドです)にしか遇ってません。何とも平和な道中でした。
おかげ様で私、ちっとも成長していません。
レベルにしたって、音沙汰無しです。
未だ、私のレベルは……なんでしたっけ。忘れました。なんかそんなになかったのは憶えています。2頁か、3頁です。私って弱いなあ。
『勇者さまはいてくれれば良いのです。私達がお守りいたしますので』
クラウさんは、そう言います。
戦わずに済むのなら、それに越したことはないのですが……時々、私も役に立ちたいと思うことはあります。今の私は聖剣保管係ですし。
「イロハさんは、なにか食べたいものはありますか?」
露店へ視線を巡らせるクラウさんの傍ら、マシロさんが尋ねます。
「えっと……」
なにがいいかな。なにもかも美味しそう。
そう、私が悩んでいると──
前方から、二人の女性が歩いてきました。
二人とも黒い髪で、黒い瞳で……とても、綺麗な方です。しなやかな体つきの方と、出るところが出ている方。モデルさんみたいだわ。
「────」
どうしてでしょうか。
あの二人を視界に収めた途端、マシロさんとクラウさんの表情が変わりました。
マシロさんは瞳から何もかもが消え、無表情です。
クラウさんは、薄笑いを浮かべています。いつも通りでしたね。
そして。
そうして──
「ごきげんよう──勇者御一行様」
その、瞬間。
大きな胸の方の女の人の、瞳が、髪が、黄金色へと染まりました。
それで、それでっ、黄金の瞳の女性の周囲には、いつの間にか鏡のような破片が浮かんでいて、そこから光が私の方へ──「イロハさん!」
どんっ、と。
誰かが私を横から押しました。
地面に倒れる私が見たのは、光に覆われるマシロさんの姿でした。
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