第十二話 勇者なるもの

「わたくし達にできるのは、ただ、ここで勇者を迎え撃つことだけです」


 ヒナは言う。もっともだ。

 いつ来るのかは知らないが、確実に勇者は此処を訪れるだろう。

 私達が、魔王へ至る鍵であるのならば──魔王を滅ぼす為の過程として、私達は滅びるだろう。それが破滅であり、運命だ。避けられはしない。


「勝てると思う?」


 あの悍ましい黒鎧を思い浮かべながら、私は問う。


「勝ってみせますわ」


 答えるヒナの瞳は、強い意志が込められていた。


 ◇


「私が前に出る」

 

 勇者たちとの戦闘において、相手がどのような能を持ち、どれほどの数でくるのかは分からない。なんにせよ、私が前に出て、ヒナには後方から薙ぎ払ってもらおう。攻め入る人間達を殺し続けた、今までの通りに。


「え、ええ……」


 ヒナは乗り気ではない様子。

 なぜだろう。


「この短刀ナイフに、加速。少なくとも速度では負けないと思う」


 速度、では。

 力では、きっと負ける。

 私は非力だ。だから速度で圧倒するしかない。

 速度についてこられたら、そのときはもうどうしようもない。


「ヒナは、勇者について知ってることはある?」

「……聞くところによると、十二のお供がいるらしいのです」


 十二のお供。

 数は、多い。

 一斉に来られたら……勝てる可能性は限りなくゼロだ。


「中でも警戒すべきとわたくしが思うのは、一と二、五と六ですわ」

「どうして?」

「一は、勇者のお供を統べる存在です。その能力もきっと、他に比べて抜き出ている。二は、不可思議な呪符に、鈴の音による一時的な蘇生、そのタネはアンデッド化による使役と思われますが……五は鎧姿の、恐らく戦闘においては一番上の実力。六は、魔法使いですわ。独自の符号を駆使する類の……といっても、わたくしがそれ以外の番号の情報を得られなかっただけですの」


 十分すぎると思う。

 いったいどこでその知識を得たのだろうか。

 街へ食料を買いに出かけたときかしら。私達は幸いにも、顔までは知られていなかったから。ただ、黒髪と金髪の女ということが知られているだけで。


「勇者自体の実力は、恐らく未熟です。召喚から、そう日は経っておりませんので」

「こちらからは出向かないの?」


 未熟であるのなら、今出向き、今殺せば済む話だ。

 

「あくまで仮定の話です、ヨミ。召喚された勇者が歴戦の勇士である可能性も、ゼロではありません。それに、此処で迎え撃つ方が、遥かに勝算が高いですので」

「そう……」


 なにか考えるところがあるのだろう。

 それにしても、五番目。鎧姿の、戦闘においては最上位の実力を持つ者。

 

あの、黒い鎧だ。


 今のところ、私にとっての最悪の状況は、その黒鎧が来ることだ。来なければいいが、来たら来たで、全力で臨むだけ。


「他の幹部と、協力するのはどう?」

「居場所が、分らないのです」


それはどうしようもない。


「分かったところで、協力してくれるような方たちではありませんし」


 なるほど。それはどうしようもない。


「……ヨミ、話は変わりますが」

「なに?」

「食材が尽きたので、買い物へ行きませんか?」


 お買い物の時間だわ。


 ◇


「お待たせしました」


 黒い目に、黒い髪。

 ヒナは買い物へ出かけるとき、そんな姿になる。

 どういうこと、と私が最初に聞いた時、幻術ですの、と言っていた。人間相手には、見破られる心配はないとのこと。今までの経験が、それを裏付けしている。

 ものの見事に、人間達は皆して幻にくらまされている。

 私はこのままだ。


「ええ、行きましょう」


 私たちは、幸いにも顔がばれていない。

 何事もなければ、平和に買い物は終わるだろう。


 これまでの、ように。

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