第十話 魔王の影

 東の空が微かに明るくなりつつあった。

 もうすぐ日が昇る。

 曙光が、この草原を照らし始める。

 明けの風を頬に受けながら、私はもう一度湖のもとへと歩んでいた。

今度は、一人で。両手に双刀を持ち。


「……」


 前方に、影。

 人型の、魔王を模した影。

 

「私はあなたを知らないわ」


 影へ、言う。

 

「知っていたのかもしれないけど、知らない」


 影は左手に、細長い棒の、やはり影を持っている。身の丈ほどだ。剣ではなく、刀ではない、槍でもなければ、銃でも……そう、鉄パイプだ。先端が微かにL字型に折れ曲がったそれを構え、影は私へ突貫する。ヒナの言葉通り、真正面から。


「答える口を持たないのね」


 鉄パイプを黒と金の刃を交差させ、受け止める。重い。両手でやっと抑えられる。


「────!」


 影は右手で鉄パイプを握りしめ、さらなる力を加える。

 影の片手が、私の両手と釣り合うのだ。

 ならば影が両手になれば、当然私は押し負ける。


「くっ……!」


 交差する刃を傾け、鉄パイプの線を逸らす。

 影は一瞬体勢を崩すものの、刹那に立て直し、身体を捻じらせそのまま振り上げた。当たれば必死、打ではなくもはや破の一撃────回避を。身体を後ろに、仰向けに反った。胸のすぐ先を、鉄パイプが通りゆく。巨乳だったら当たっていた。貧しい胸が私を助けたのだ。少しも嬉しくない。これっぽっちも嬉しくない。

 大きく空振り、影に確かな隙が生じた。


「終わり」


 意識を集中させ、全神経を加速させる。

 若干の八つ当たりを込めて、寸毫の内に影を斬り刻んだ。

 それで、戦いは終わり。私の勝ち。

 覚悟はしていたものの、双刀の特性を利用するまでもなかった。

 あの影は、強いのは強いけれども、私やヒナの方がまだ上だ。ヒナに至っては瞬殺だったし。遠距離って羨ましい。

 結局のところ、所詮は偽物コピーだ。


「さて」


 湖へと足を向ける。

まだ、太陽は顔を見せない。

 

「────ッ!?」


 気配がした。

 どす黒い気配だ。

 身体中が戦慄している。

悍ましい存在に、固まってしまっている。


「……」

 

 気配の方を見ると、真っ黒な全身鎧。

 巨大な突撃槍を杖代わりに地面に突き刺し、なにやら手持無沙汰のように佇んでいる。


「っ……!」


 どうするべきか。

 戦うべきか。だが、勝てるか? 私が、アレに。


「……」

 

 しばらく睨み合っていると、黒鎧こくがいは私に背を向け、駆けた。

 そのまま、何処かへと去って行った。


「……」


 助かった、と私は思った。

 悔しいけれど、あのまま戦いにならなくて本当に良かった。

 きっと、私は死んでいただろうから。


 黒鎧のいたところへ行くと、地を蹴った拍子に大きく土が抉れている。

 どんな重量だ。

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