第四話 弱い魔物

 やはり、この建物はオフィスビルだった。

 休憩室を出ると、広いフロアに出た。白く塗られた無機質な壁に囲まれ、窓からは月光が差し込んでいる。照明はついていない。だが、月明かりで事足りるほどに、夜天の月は輝いている。


「足元に気を付けて」


 ヒナは言う。


「うん……」


 私は頷く。

 二人、静かに歩く。

 足音が、フロアに響く。

 少し経ち、階段へとたどり着いた。


「電気、つけましょうか?」


 ヒナは聞く。

 どうやら、このビルには電気が通っているらしい。休憩室の灯りがついていたのだから、そうであるのは当然だけれど。


「幻想だからですわ」


 唐突に、ヒナ。

 幻想とは?


「このビルは、大草原の真ん中に、場違いに聳えておりますの。まるで不整合な光景、不釣り合いな景色を演出していて……だから、幻想。そのうちに消える夢。泡沫うたかたなればこそ、このビルはさながら平時のような動きを行う」

 

 そういうものなのだろうか。


「そういうものですわ」


 背後を振り返らずして、ヒナは言った。


「わたくし達は、この世界では異物に分類されます……魔物人で無し、と」


 淡々とヒナは言う。

 私とヒナ──魔物人で無し二人は、ビルのエントランスへと着いた。


 ◇


 夜闇は月光に緩和されていた。

 彼方より吹いてくる風が、頬を撫でゆく。冷たくもなく、生ぬるくもなく、丁度いい涼しさ。春の夜のような、過ごしやすい気温。

 膝程ある草を掻き分け、私はヒナの後へとついて行く。


「ヨミ、短刀ナイフを」


 ぴたと立ち止まり、前を向いたままヒナは言う。


「……」


 ヒナの前方に、それはあった。

 妙な、黒さ。

 夜闇とは違う。濃さが違う。

 夜の闇よりなお暗いナニカが、人のカタチを為している。

 私達よりも背丈はある。体格もがっしりとしている。男の姿だ。

そのヒトガタは、誰を模したヒトガタか。


「魔物、ですわ」


 魔物人で無し、魔王より滲み出たシミ、か弱く脆い……私達と、同類の。


「スペクターと、人は呼んでおりますの。魔王の影と書いて、スペクター」


 ならアレは、魔王を原型オリジナルとしたヒトガタか。


「知能はありません。たとえわたくし達であろうとも、アレは襲い掛かります」


 ヒトガタは、ゆらりとこちらへ歩み出す。

 そうして────跳ぶ。


「その影は、襲い掛かるときはいつも真っ直ぐ、真正面から来ますの」


 十三の光の線が、夜闇を刹那にはらう。

 私が影へ斬りかかろうとする前に、その光達がヒトガタの影を貫き、消滅させた。

 

「いつも、いつもそうなのですわ。愚かしいほどに」


 私が振り返ると、そこに。

 鏡の破片を十三個、中空に浮かべるヒナが、真っ白の折り畳まれたタオルを片手に慈しむ様な嘲笑を浮かべていた。


魔王オリジナルに、似たのでしょうね」


 ヒナは、どうやら魔王と面識があるらしい。


「ヨミ、わたくし達は人の敵です」


 ヒナは言う。

 魔物人で無しであるから、予想はついていた。


「そして、魔王へ辿り着く為の鍵の一つなのですわ。運命的に、勇者に倒される定めにある────」


 私達の破滅は、既に決定されている。


 そう、ヒナは言ったのだ。

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