第三話 金と黒の双刃
「ときどき、魔物が出ますの」
魔物。
そんなものがいるなんて。
「ええ、恐ろしき魔王という存在から滲み出るシミ……実に他愛ない、かよわく脆い生き物ですわ。少し、お待ちを」
そう言い、ヒナは退室する。
ひとりになった私は、なんとなく窓の外を見た。
月明かりの降り注ぐ、静かな夜。
人の気配のまるでない、無人の草原。
──ここに、ヒナはずっと一人でいたのかしら。
私を待つために?
数百年もの間、此処で、孤独に……目を開けたときのヒナの涙は、報われたがゆえのものであったのだろうか。そうであってほしい。私が、彼女の救いであれば。
ヒナはまだ戻ってこない。
室内を見回すと、大きなソファー(私が横たわっていたものだ)に、テーブル、向かい合った二脚の椅子、ペットボトル、燃えるゴミ、などと記されたゴミ箱たち、光が消え、もはや停止しているのは瞭然の自動販売機。まるで、どこかのオフィスビルの休憩室のようだ。……よう、ではないのかもしれない。部屋の高さといい、休憩室といい、今私がいるこの建物は、オフィスビルそのものだ。
となると、大草原の真ん中に、ぽつんとビルがあるという話になる。奇妙なことに。
「お待たせいたしました」
扉の閉じる音ののち、ヒナはテーブルの上に二つの木箱を置いた。
上等そうな桐箱だ。
「開けてみて、ヨミ」
言われ、二つの桐箱の蓋をそれぞれ開ける。
「これは……刀?」
黒刃と、金刃。
片刃の短刀が、二振り。
左に黒、右に金を、それぞれ持つ。
ずしりとした重量。
ずきりと、疼痛が生じた。
「その剣は双子なのですわ」
双子の刃。
確かに意匠は似通っている。明確に違うのは刃の色だけだ。
「寄り添い合う双子のように、仲良しですの」
にこりと、ヒナは笑う。
「片方を投げてみてください」
言われ、私は黒刃の刀を放り投げた。からんという音が室内に反響する。
「では、空いた左手に黒刃の短刀の姿を映じてみてください」
「え、ええ……」
黒刃の姿を、それを私が握っている光景を──左手に柄の感触が生じた。
「なにこれ、すご……」
いつの間にやら、黒刃の短刀が左手の中に戻ってきていた。
「その短刀は、相互に虚空の道を持ちますの。わたくしにお貸しを」
ヒナに双刀を渡す。
剣を持つヒナは、どこか不釣り合いな姿だ。
「では──」
ひゅん、と。ヒナは金刃の方を放った。
孤を描き、金刃の短刀が飛んでいく。
すると、どういうことか。
いつの間にか現れたヒナが、落ちゆく金刃の短刀の柄を握っている。まるで瞬間移動をしたかのように、たかだか数メートルではあるが一瞬で移動したのだ。
「このように、剣へ呼び寄せられることも可能です。片割れを握りしめる限りは、もう片方を呼び寄せることも、呼び寄せられることもできます」
すごい。
どういう理屈かは知らないが、ただただすごい。
魔法、あるいは奇跡か。
「ヨミ。あなたの感覚と合わせれば、きっとわたくしよりもずっと上手く扱えます」
そうだろうか。
「そうですわ」
表情に出ていたのか、ヒナは微笑み、そう言うと、更に言葉を紡いだ。
「虚空を渡るその刃は特別製でして、唯一、虚と実の狭間に揺らぐ、実体のない存在を斬れるとも言います」
「実体のない存在?」
「幽霊の類ですわね、いるかどうかはともかくとして。あるいは……」
そうして、ヒナは言う。
「残り続ける記憶のような、そのような想念もまた、斬れるのかもしれません」
どこか、曖昧だ。ヒナ自身も、伝え聞いた知識を話しているようだし。
「では、参りましょう。わたくしの後へ。その
ヒナは扉を開け、私はその後ろについて行く。
双つの刃を諸手に握り、黄金色の彼女の髪を、なんとはなしに眺めつつ。
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