第一話 目覚め
記憶の最初にあるのは、黄金の眼。
「おはよう、ございます……ヨミ」
私を見下ろすその黄金の双眸は、見る見るうちに涙であふれた。
◇
私は無知だった。
自らが何者であるかを知らず、
世界が如何様なものかを知らず、
「数百年ぶり、ですね」
目の前で笑う女性の名を、知らなかった。
「ここは、いったい」
私は、誰?
「終止符の、その後ですわ」
「……?」
「魔王の手で終わらせられた世界の、破局した物語の断章のひとつ」
……言葉の意味が分からない。
「すみません、ヨミ。曖昧な言い方でしたね。シンプルに言えば、世界は滅びました」
「滅んだ……?」
「はい。滅んだと言っても、このように続いているのですけれどね」
ふふ、と笑い、金眼の女性はにこやかに告げた。
「ヨミ、それがあなたの名です」
ヨミ、それが私の名。
「あなたが消えて後、数百年の時が経った後の時代……それが
「……」
「ご理解頂けましたか?」
「……俄かには信じがたい話ね」
私の言葉に、金眼の女性はぱああと表情を明るくする。そうして明るい声音で、
「追々、理解できます。なにせ、わたくし達に残された時間は、まだ長い」
残された時間。有限のとき。それもまた、その理由もまた、追って知ることができるのだろうか。何も知らない私は、何かを知ることができるのだろうか。
まず知りたいのは、知るべきは、きっとこの金眼の女性の名だ。
「ねえ、あなたの名前は?」
「──ヒナ、と申します」
少し間を置いて、ヒナは答える。
「ヒナ……」
ぐうう、という唐突でいて間の抜けた音。私の腹部からだ。
「……」
「……」
「……ごめんなさい」
「ふふ、良いのです。考えてみれば、貴女はもう数百年もなにも口にしていないのですし。仕方のないことですわ」
「なにか、食べられるものをご用意いたします」と席を立つヒナの姿を見送り、私は、ヨミというらしい私は、ただただ事態が分からずにいた。
世界に終止符が打たれた。
魔王という何某の手により……おおよそ現実的とは言えない。そう思うのはつまり、私が、以前の私が魔王という存在と縁の遠い空間に住んでいたということ。では、その空間というのは……思い出せない。記憶の殻のみがあって、中身がすっかり消失している。
「はあ……考えてもまあ、仕方がないわね」
仕方なしに、近くの窓から終止符を打たれた(らしい)世界を眺め見ると、
「……」
高い場所に、この部屋はあった。
見渡す限りの、大草原。
どこまでもどこまでも草の海。
風に撫でられ揺れる草々の躍動が見えた。
沈みゆく太陽の紅。遠くに溶けだし始めている夜の藍。
誰そ彼────黄昏の時刻。
「おおよそ、文明的な場所とは言えないわ……」
本当に、ここはいったいどこなのだろうか。
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