第9話 遊戯
映画が始まるまでのおよそ二時間。昼食にしては少し早いし、どうしようか、と話した結果、階下のゲームセンターに行くことになった。
彼女は普段はあまり行かないけれど、俺が休みの日にはたまに行く、と話したら彼女が
「拓斗くんがいつもやってるなを見てみたい」
と言ったから、必然的に決まった。
俺がよくやるリズムゲームのコーナーへと向かう途中、彼女が立ち止まり、「あっ」と声を上げた。
振り向き、彼女の視線を辿ると、その先にはクレーンゲーム。景品は卵のゆるキャラのクッションだった。
「メーちゃん、それ、欲しいの?」
「え?あ、うん。でも、難しいよね……?」
俺が聞くと、彼女は迷いながらも答えてくれた。
筐体をよく見てみる。たしかに、簡単には取れる感じではない。けれど、彼女が欲しい、そう言っているんだから、何としてでも取ってあげたくなった。
俺は財布から五百円玉を出し、そのまま投入した。彼女は「えっ?」と驚いていたけれど、「試しにチャレンジしてみる」と答えると、嬉しそうにしていた。
チャンスは全部で六回。アームもおそらくは弱いだろう。つまり、一回でも無駄にしたら取れる可能性はかなり低くなる。
俺は慎重にアームを動かす。そして、自分の中ではベストの位置に止めた。けれど、場所はずれていて、さらにはアームも予想通り弱く、失敗に終わった。
二回目、三回目、四回目……。全く取れる気配を見せなかった。
彼女の方を見ると、最初は期待していたけれど、今では落胆の色が見えた。
さっき、財布の中を見たとき、百円玉はなかった。だから、もし、続けるなら両替を……。
いや、ダメだ。そんな弱気でいたら取れるものも取れなくなる!
俺は再度、集中してアームを動かした。けれど、さっきの雑念がダメだったのか、変なところに止まってしまった。
ダメか、と思ったら、アームがぬいぐるみに引っ掛かり、クッションがコロン、と転がった。そして、出口に半分出たような形で止まってしまった。
同じように転がせば落ちる?いや、アームの向き的にそれは無理だ。なら、どうすれば?いや、もしかして……。
俺は頭に浮かんだアイディアを思いきって試すことにした。
まずは横。クッションから大きく外れた位置に止めた。隣から「あぁぁ……」と、残念そうな声が聞こえた。
でも、俺には不思議とこれで大丈夫な気がした。
奥にはあまり動かさずに止める。
アームがゆっくりと開き、下に降りてくる。真下にはクッション。そして、俺の予想通り、アームはクッションを押し、バランスが崩れたクッションは派手な音楽と共に落下した。
俺は取り出し口から取り出してクッションを彼女に渡した。彼女は、
「拓斗くん、すっごい!」
と、本当に嬉しそうにクッションを抱き締めながら言った。
頬を緩ませ、クッションに顔を埋めてしまった彼女は本当に幸せそうだった。けれど、
「拓斗くんからの初めてのプレゼント……」
彼女が小さく呟いたその一言は俺の胸を撃ち抜いた。
あのクッションが欲しかったのも本当だと思う。でも、彼女にとっては、俺があげた、という事実の方が大切なんだ、と気付いた。
そして、それと同時に俺が彼女にどれだけ好かれているのかも分かってしまった。
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