第7話 抱擁

 二人で立ったまま地下鉄に揺られていると、乗り換えの駅に着いた。

 彼女は俺の袖を握ったまま、一緒に降りた。何となく、袖を握られているのに違和感を覚え、手首を返して彼女の手を握った。

 初めて握った彼女の手はとても温かくて、柔らかくて、胸の中まで温かくなった。

 けれども、気恥ずかしくて彼女の方を見ることができなかった。


 乗り換えのためにエスカレーターに乗ると、「あっ……」と彼女が言って、俺の一段上に上った。

「メーちゃん?」

「えへ、これで、拓斗くんと一緒、だね?」

 そういう彼女の顔は普段とは違い、俺の正面にあった。身長差があるから、俺はいつも彼女を見下げている。だから、まっすぐ前にあるのが少し、変な気分でもあり、嬉しかった。

「でも、拓斗くんの顔が近くて緊張するね……」

「うん……」

「拓斗くん……」

 彼女は頬を赤らめ、軽く唇を俺の方に……。いや、まさか、キス……?でも、俺の気のせいだったら……。

 そんなことを考えていたら、彼女の頭が少しずつ下がっていった。

「あ、メーちゃん、後ろ……」

「えっ……?きゃっ」

 気付けば一番上まで来ていたエスカレーター。最後の段差で彼女はつまずき、俺の方へ倒れかかってきた。それを俺は抱き締めるような形で受け止め、ゆっくりと降りた。

 初めて抱き締めた彼女の体は思っていたより小さくて、温かくて、柔らかくて、とてもいい香りがした。

 そして、そのまま彼女の肩を抱いて人の少ない、隅へと寄った。

「メーちゃん、大丈夫?」

 俺が心配して聞くと、彼女はその場に座り込んでしまった。

 どこか怪我でもしてしまったのかと不安になったけれども、


「拓斗くんにぎゅってされて、力が抜けちゃった……」


 膝に顔の下半分を埋めるようにして、小さく呟く彼女を見て安心した。それと同時にさっきの俺の行動を思い出して、顔から火が出たかと思うくらい、熱くなった。

 俺も彼女の隣に腰を下ろし、彼女だけに聞こえるように小さく呟いた。


「俺も、思い出したら何か、すごいドキドキしてきた」


 彼女が俺の方を見た。俺は優しく笑いかける。


「今度は二人っきりの時にぎゅっ、てして」


 彼女が幸せそうに言うから、俺は思わず抱き締めそうになってしまった。けれど、周囲の視線が気になり、「うん」と頷き返すだけにした。


 そして、しばらく話した後、再び地下鉄に乗り、映画館へと向かった。

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