第6話 移動

 二人でホームに降りると、ちょうど地下鉄が来た。

 地下鉄に乗ると、彼女は座席の端に座った。俺はその隣に座ろうとして、動きを止めてしまった。


「拓斗くん……?」


 不安そうに俺を見上げる彼女。それを見た瞬間、俺は彼女の隣に座った。

 ポールで二人分に分けられているその座席に。

 けれど、その時に俺は彼女の白い、綺麗な脚に触れてしまって……。


「その、ごめん」


「ううん、いいよ、拓斗くんになら……」


 俺が謝ると、彼女は頬を赤く染めて、下を向いたまま答えた。

 俺になら、ってどういうこと?触ってもいいってこと?さっきは一瞬だったし、スカート越しだったけれど、彼女のあの脚に、直に、ゆっくりと触れても……?

 俺はじっと、彼女の脚を見つめてしまった。スカート越しの、けれどもラインがはっきりと分かるその綺麗な脚を……。


「拓斗くん……、近い、ね……」


 不意に彼女に声をかけられて、顔を上げると、嬉しさで頬を綻ばせつつ、少し恥じらいを含ませた表情で彼女は俺を見ていた。

 その瞬間、俺の中の邪念は消え去っていた。

 彼女はまさに天使。俺が邪な気持ちで触れていいような存在じゃないんだ。

 俺がそんなことを考えて、黙っていたからだろうか、彼女の表情が少し、陰り始めた。


「あ、その、メーちゃんがあまりにも可愛くて、つい、見とれちゃって……」


 俺がそう本心を口にすると、顔を一瞬で真っ赤にした。

 彼女はそれっきり黙りこんでしまった。俺も、何を言うべきなのか分からず、彼女の横顔を見つめ続けていた。眼鏡と同じくらいに赤くなった顔を。

 眼鏡の奥の長いまつげと綺麗な瞳。形のいい鼻。少し艶のある唇。

 それら全てが愛しかった。


 二人とも無言のまま地下鉄は進んでいった。何も話さずとも、ただ彼女が隣にいる、それだけで幸せな気分だった。

 ちらり、と彼女の方を見る。すると、彼女も俺の方を見ていて、視線が重なった。その瞬間、彼女は「あっ……」と小さく声を発すると、幸せそうに笑った。その表情が可愛くて、眩しくて、俺はつい、視線を逸らしてしまった。

 そして、その視線の先にいたのは、今乗ってきたばかりの高齢の人。周りを見れば座席はほぼ埋まっていた。

 俺は彼女と肌が触れそうな程近くにいた緊張もあって、立ち上がってその人に席を譲った。

 彼女は少し、寂しそうな表情をした後、立ち上がって俺の隣に来た。

「メーちゃん?」

「その、拓斗くんの隣がいいから……」

 彼女はそう言って、俺の袖を小さく掴んだ。

 その動作が可愛くて、視線を逸らしつつも「俺もだよ」と答えると、袖を掴む力が少し強くなったような気がした。

 そんな光景を目の前の席に座っている人に微笑ましい感じで見られていることに少し、気恥ずかしくなった。

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