第5話 名前
「蔵州さんは、その、今日、行きたいとことかある?」
蔵州さんの笑顔が可愛すぎて、俺の方もどうにかなってしまいそうだったから、そう振ってみた。
「わたしは、こ……た……こ……うん」
蔵州さんは何度か言いかけては止めた後、大きく頷くと、
「拓斗きゅん!」
と、俺の名を呼んだ。
最後、噛んではいたけれど、それも可愛くて、それを恥ずかしそうにしている蔵州さんも可愛かった。
「何?」
「うぅ……その、た、拓斗くんの行きたいところがいい……」
「俺は蔵州さんと一緒だったらどこでもいいから。その、一緒にいるだけで、幸せ、だし」
「わたしだって、おんなじだよ……。た、拓斗くんと一緒にいるだけで……」
蔵州さんも同じように言ってくれた。
でも、どこか元気がなくなっているように感じた。それに、さっきから俺の名前を言うときに少し、止まっている、ような……。
あれ?拓斗くん……?紺野くんって昨日までは……。
「あ!」
それに気付いた瞬間、思わず声を上げていた。蔵州さんは少し、俯いたまま、見上げるように、つまりは上目遣いで俺を見ていた。
「め、メー、ちゃん……」
そして、俺も下の名前、芽画音、と呼ぼうとしたけれど、緊張して、中途半端になってしまった。
「うん、拓斗くん……」
「メー、ちゃん……」
「拓斗くん……」
「メーちゃん……」
俺は緊張して、そんな風にしか呼べないのに、蔵州さん、いや、め……、彼女はしっかりと、嬉しそうに返事をしてくれた。
下の名前で呼ぶなんて俺にはハードルが高すぎる。もう、心臓が張り裂けそうになっているし。
「あ、あのさ、映画、とかどうかな?ほら、よく知らないけど、デートの定番だと思うし……」
このままだと名前を呼び合い続けそうだったから、そう提案すると「うん」と、彼女が頷いてくれた。
「それで、メーちゃんは何か、見たいものとかある?」
「えっと、ちょっと待ってね」
そう言うと、彼女はバッグからスマホを取り出し、何かを調べ始めた。しばらくすると、画面を俺の方に見せてきた。
「これとか、どうかな?」
そこに映し出されていたのは少女漫画が原作の映画のサイトだった。CMでもよくやっている、話題の作品だ。
本音を言えば、興味はない。けれど、彼女の期待に満ちた眼差しを見ると、俺の答えは1つだった。
「うん、それにしよっか」
「うん、拓斗くん、ありがと」
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