第4話 駅前

 時計を見る。9時過ぎ。つまり、約束の時間まで後、一時間近くある。けれど、俺は待ちきれずに駅に着いてしまった。

 時間までコンビニで立ち読みでもしてようかな、と思って信号を待っていると、前の方から蔵州さんが歩いてくるのが見えた。

 もう一度、時計を確認する。やっぱり、9時過ぎ。

 約束の時間、間違えた?

 俺は信号が青になった瞬間、蔵州さんに向かって走り出した。

「蔵州さん」

 その途中で蔵州さんも俺に気付いた感じだったから、名前を呼んだ。


「え?何で?時間にはまだ、早いよね?」


 驚いて、不思議そうに、そして、最後には少し、不安そうな表情でそう言った。

 今の蔵州さんの服装の影響もあるのか、いつもよりそんな姿が可愛く思えた。

 普段は制服姿しか見ていない。白いブラウス、学年色の赤いネクタイ、紺のブレザー、それより少し明るい感じのチェックのスカート。

 けれど、今、蔵州さんが着ているのは白いスプリングコート。その中には白のカットソーと淡いピンクの膝上くらいの丈のスカート。

 それに、いつもと同じ、赤いアンダーリムの眼鏡。長い、美しい黒髪は結ばれることなく、時折吹く風になびいている。

 服が淡い色ばかりだから、眼鏡の赤と、髪の黒が映えて見える。

 正直言って、俺は蔵州さんに見とれていた。


「ご、ごめんね、その、待たせちゃった、のかな?」


 俺が何も言えなくなっていたからか、蔵州さんは本当に申し訳なさそうに両手を合わせた。


「あ、ううん、その、時間にはまだ早いから大丈夫だよ。その、蔵州さんがあまりにも可愛かったから、見とれちゃって……」


 恥ずかしかったけれど、蔵州さんを安心させるために正直に思ったことを言った。すると、蔵州さんは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。きっと、俺の顔も同じくらい赤くなっている気がする。


「あ、あの、ね。わたし、紺野くんに可愛いって思ってほしくて、それで、頑張ってきたから、その、ありがとう」


 顔を上げた蔵州さんは顔が赤いまま、心から嬉しそうに、けれど、恥ずかしげに笑っていた。

 その笑顔がとても可愛くて、直視することができなくて、俺は視線を逸らしてしまった。


「えっと、とりあえず、向こうの方で座ろっか?」


 そして、恥ずかしさから逃げるために、そう提案すると、蔵州さんは「うん」と小さく頷いた。


 駅前のロータリーにあるベンチに二人で座った。けれど、二人の間には微妙な距離があった。それが寂しいけれど、その距離を埋める勇気がなかった。

 横を見ると、蔵州さんも俺の方を見ていた。


「あ、あの、た……紺野くんはどうして早く来たの?」


 蔵州さんは恐る恐ると言った感じで聞いてきた。俺は、正直に答えるのは少し、気恥ずかしい。けれども、他の理由なんて思い付かなかったから、正直に「蔵州さんに会うのが待ちきれなかったから」と、答えた。

 すると、蔵州さんは俺の肩を軽くコツン、と叩いた。


「そんなこと言われたら、わたし、おかしくなっちゃうよ……。こうして一緒にいるだけで幸せで、胸がドキドキしてるのに……」


 蔵州さんはその言葉の通り、幸せそうな笑顔だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る