夢見の館に突入せよ ヴァン視点

 オレら四人でメアを連れて、北の外れにある『夢見の館』と呼ばれる屋敷へとやってきた。


「金ってのは、あるところにはあるもんだよな」


 でっけえ屋敷だな。こりゃさぞ大貴族様の豪邸だったんだろう。高い壁が続き、正門が無人のまま開いていた。噴水付きの庭の先に家が見える。赤い屋根のお屋敷だ。二階か三階建てに見えるが、一階ごとの屋根が高いタイプだな。


「メア、大丈夫ですか?」


 メアは傍目にもわかるほど震えていた。無理もない。親を人質に取られて、これから敵地へ行く。小さな子供には酷ってもんだぜこりゃ。


「母さんが、母さんがボクのせいで」


「悪いのはさらった敵だ。絶対にメアじゃない」


 小さな子供には自体が飲み込めない。ただ親しい人間が死ぬという、漠然とした未知の恐怖だけが襲うんだ。それは身に沁みて知っている。どうしても思い出す。まだガキで弱かったオレを守ろうとして死んだ人達を。オレの両親を。


「どうしよう……ボクのせいで母さんが……ねえボクどうしたらいいの?」


 言葉で安心しろと言っても、おそらく効果はない。どう安心すればいいのか、心の整理をする方法なんて、小さなガキにはわからない。


「なら助けてもらう覚悟をしろ」


 まーたアジュが妙なことを言い出した。


「助けてもらう……覚悟?」


「どんな一流のプロでも、死のうとしているやつなんて助けられんよ。だから絶対に俺達に助けてもらう。死んでも助かるという覚悟をしろ。そのために動け。敵は俺達で始末する」


「あははは……ムチャクチャ言いますね」


「だが一理ある。オレも死ぬつもりはない。だがもしもの時は、オレ達を気にせず、母親とともに助かるのだ。失いたくないものは掴んだら手放すな」


 子供は自分と家族のことくらいでいっぱいいっぱいだ。これくらい極端でいいのかもな。


「でもにいちゃんは、危ない目にあうんだろ?」


「心配ねえよ。オレらはすっげえ強いんだ。だから助かることだけ考えろ。どうすりゃ助かるかを考え続けるんだ」


 メアをオレみたいな復讐の旅に出させてはいけない。オレは仲間ができて、運よく達成できただけ。本来修羅の道だ。必ず母親と一緒に家に帰してやる。


「わかった。でもにいちゃんたちも死ぬなよ!」


 少し元気になったな。こっからはこの笑顔を絶やさない。それがオレらの仕事でもある。


「うっし、長話はここまでだ。いくぜ!!」


 屋敷に踏み込んで、両開きのでかい玄関扉を開けた。

 中は二階まで吹き抜けのエントランスホールだ。左右に階段があり、奥にでっかい柱時計が鎮座している。側には全員で座れるソファーもあった。

 警戒しながら階段を上がるオレとアジュ。だがすぐ一階に戻ることになる。


「扉がねえぞ」


「欠陥住宅だな」


 エントランスから行ける場所がない。一階にも通路がねえんだ。ここからどこにも進めない。これが敵の作戦なら、的確な嫌がらせだな。


「屋敷全体の運気が乱れすぎています。どうやら通常の空間ではないようですね」


 カムイが風水魔法陣を見ながらそう告げる。風水盤とかいうものを魔法陣として展開する、まあ占いみたいなもんだったかな。そっちの分野の知識がねえ。


「ようこそ。夢見の館へ。我々は誰もが望む夢を取り揃えてございます」


 柱時計の前に誰かいる。広場で見た敵だ。


「どうかおとなしくその子を渡してはもらえないだろうか」


「お断りします」


「母さんを返せ!!」


「メア、あなたがこの屋敷に住めばいい。母親と永遠にこの屋敷で暮せばいい」


「こんな辛気くせえ屋敷でか? 教育に悪いったらないぜ」


 永遠に暮らすと言った。つまりメアも母親も殺すことが目的じゃないってことか。町の異変に関係がありそうだ。


「この世への未練は母親だけかと思ったが……そうか、君達が希望になりかけているのか。これは厄介だ」


 困っているにしちゃあ、声も顔も変わらない野郎だ。ああいうやつはアジュかカムイに任せるに限る。


「ここまで来て話し合いで終わるわきゃねえだろ。やるならさっさとやろうぜ」


 魔力を開放して剣を向けるが、余裕の表情は崩れない。オレ達を倒せる自信があるようだな。


「最後に教えよう。我々四人の鍵がなければ、母親のいる扉は現れない。あがいてみせてくれ。メアの希望が潰えるように」


 四人の鍵ね。こんなやつが後三人はいることになんのか。


「それぞれの扉で待つ」


 一階と二階に二個ずつ扉が現れた。どういう仕組みか知らないが、気を取られているうちに敵は消えていた。


「どうする?」


「敵地で戦力の分散は危険です。メアを守りきれるかどうか」


「ならオレが行って確かめてやるよ。お前らはくつろいで待ってな」


 こういう危険はオレかルシードの仕事だ。今回は特殊な探知機を持つルシードを残すべきだろう。いざとなればオレも隠し玉を使えばいい。


「全員で罠にかかるほど馬鹿げたことはない。だろ?」


 軽く手を振って扉に飛び込んでみると。


「……こういうサプライズは初めてだぜ」


 雄大な大自然が待っていた。ここは山か森の中なんだろうか。大きな川と森林が出迎えてくれた。遠くにも山がある。風が運ぶ香りによって、確かにここが屋外であると認識させてくれる。そしてご丁寧に入口の扉が消えやがった。


「強そうなやつが来てくれて嬉しいぜえ。歓迎してやるよお」


 切り株に座っているガタイのいい男がいた。棘付きの金棒を二本背中に背負い、逆立った金髪だ。動物の毛皮らしきもので全身を固めている。頭の太い二本の角と、鱗に覆われた尻尾からして竜族だな。


「お招きどうも。シャンパンとケーキはどこだい? 風景からしてバーベキューか?」


「ねえよそんなもん。ついでに言うと食うのは俺様で、食われんのがてめえだあ!!」


 高速で接近して金棒を振り下ろしてくる。だが見切れない速さじゃない。試しに同じ動作で剣を叩きつけてみた。パワーに自身があるらしくそれなりに重いが、防げるレベルだ。


「ほおう、俺様と力比べのつもりかあ? 生意気なんだよお!」


「ゲストは気持ちよく勝たせるもんだぜ」


「嫌に決まってんだろ。俺様が勝つから気持ちいいんだよお!!」


 左から薙ぎ払われる金棒を上へと弾き飛ばし、懐へと剣を突き立てようとした瞬間。地面に不穏な動きと魔力を感じ、咄嗟に後方へと飛んだ。


「アースシェイカー!!」


 足元が隆起して、土の壁とトゲがブサイクなアートになっていた。土属性だな。だからこその大自然フィールドか。そこそこ頭が回るようだ。土を動かして飛んだ金棒も回収してやがる。


「ちっ、土いじりが趣味か。皿か壺でも焼いてた方が建設的だぜ?」


「他人が作ったもんを目の前で割る役ならやってやるよお! てめえの頭で見本みしてやっからよ! バックリ割ってなあ!!」


 土塊が群れをなして飛来する。足元に気を配りながら戦うのは神経使うし好きじゃねえ。炎の斬撃を飛ばしまくって、触れた箇所から爆発するようにする。


「爆砕連波!!」


 すべてを砕き、遠距離攻撃をさせないよう、さっきよりも深く肉薄しての切り合いへと移行できた。


「おとなしく死ねやあ!!」


 お互いの逸れた攻撃が地面を抉り、空を切れば森を裂く。


「辛気臭いのは嫌いでな。派手にいこうぜ!!」


 しばらく高速の打ち合いが続く。まあ音速の三千倍程度だな。全力ってわけでもなさそうだが、楽に殺せる相手でもなさそうだ。


「わかる。わかるぜえ。お前没落貴族だろお? 荒っぽいように見えて、剣術はしっかりと基礎の型ができている。お上品な貴族が習う高等で上品な剣術だよなあ」


 まだ会話する余裕があるらしい。隙を見て切り込んでも、土を緩衝材にしやがる。


「剣術が理解できるほど知能があるようには見えないが、褒めてやるよ。ご褒美にもっと激しくしてやる。バテんじゃねえぞ」


 やり方を変えよう。黄金剣の柄にあるレリーフを操作した。真ん中から縦に裂けて二本の剣へと変わる。この姿がイガリマとシュルシャガナの単品性能だ。合体させると威力は上がるが振りが大きくなっていけねえ。


「手数重視でいこうぜ」


 この剣はどんなに派手に使っても壊れない。壊れても即復元される。今まで数々の武器をぶっ壊してきたオレに相応しい相棒だ。全力で躊躇なく叩き切ることができる。


「オラオラオラオラ! 全力! 爆炎斬!!」


 二振りの剣と金棒でぶつかる音と火花だけが支配していく。こういうバトルは好物だが、あんまり楽しむ暇もねえんだったな。一気にいくぜ。


「いいぜえ、てめえは強い。俺様の作る世界の住人になる権利がある!!」


 接近し続けて、斬撃に炎と爆発を付与し続ける。どちらもオレにダメージはこない。ひたすら大火力でぶっこみ続けりゃ、蓄積される衝撃で倒せるはずだ。


「意味がわからねえが、どうせろくなもんじゃねえな。パフェもねえんだろ?」


「名乗ってやるよ! お前の恩人になる俺様がドトウだ! 人情のドトウ様だあ!!」


「どこに人情の要素があんだよ……ヴァン・マイウェイだ。覚えなくてもいいぜ」


 こいつ、どんどんパワーとスピードが増してやがる。最初の十倍以上だぞ。


「俺様は優しいぜ。賛同者には会いたいやつと会わせてやる。お前の会いたい人は誰だ?」


 足に砂が絡みつく。これは……この不快で邪悪な、絶対的な悪意で満たされた砂が……オレの心を揺さぶっていく。


「この砂は……なんでこれが……」


 周囲が無機質な研究所へと変わっていく。忘れられない、どうしてもオレの記憶にこびりついたトラウマを呼び覚ます。これは敵の罠だ。なのに、目の前に現れた人から目が離せない。


「父さん……母さん……」


 その優しい笑顔が、もう二度と見ることのできない姿が、オレの一番深いところにある感謝と後悔と懺悔を生み続ける。オレの思考を奪っていく。


「ほう、親と死に別れたか。未練だよなあ。病気か? 事故か? いやこれは殺されたのかあ?」


 砂からミイラの軍勢が生まれる。やめろ。オレの復讐は終わったんだ。完遂された。今更何の未練がある。やめろ。オレの知る姿で出てくるな。


「声が震えてきたなあ。このミイラはなんだあ? こいつらに殺されたのかあ? 違うなあ。もっともっと深い憎しみが見えるぜ」


 記憶の中の両親が後悔を、宿敵の姿が憎しみを呼び覚ます。なぜ振り払えない。これもドトウの術なのか。抵抗する意志が薄れていく。

 オレが殺した邪神が、黒い犬の頭を待つ神が、砕いたはずの鎌を両親の首にかけている。


「いい加減にしやがれえええぇぇっ!!」


 驚くほどあっけなく斬り裂けた。何の抵抗もなく。それが幻だと強く意識できた。なのに心が晴れない。何かが侵食してくる。


「ありがとうヴァン。本当にありがとう」


「お前はマクスウェル家の誇りだよ」


 やめろ。両親は死んだんだ。温かい笑顔でオレに近寄らないでくれ。


「おめでとう」


 ドトウが拍手を送ってくる。心の底から祝福しているやつの顔だ。


「復讐は達成された。現実でもここでも。そして両親はこっちじゃ生きている。ハッピーエンドだなあ」


「全部お前の仕業か」


「ああそうだ。感謝しなあ。これからはそれがてめえの真実だ」


「こんなことをして、一体何がしたい! お前らの目的は何だ!!」


「俺様の夢は最強の力を得たものが絶対者となる世界だ! 貴族も王も神もいらねえ!! 全人類が眠りにつく時、強者を決めるのは俺様だあ!! てめえも夢の住人になって、力を持ったままやり直せる。両親だって何度でも助けられるぜえ!!」


 夢の世界に住む。それが目的か。ここもこいつの夢の中。いや屋敷の敷地から術中なんだろう。なるほど、こりゃ信者も出る。ガキをさらうアホも出るってもんだぜ。


「お前だけの夢の世界を作ってやるよお。この町とメアとかいうガキがいれば、てめえの夢の世界くらい余分に作れるぜえ。たまにお互いの夢にでも遊びに行こうじゃねえかあ」


 オレが絶対に断らないと確信しているにやけ面だ。それが気に入らない。


「やがて世界は夢に移住するやつで溢れかえる。だがそいつらは俺様の下位互換にしかなれねえ。てめえは別だ。別個の幸せな夢で暮らすといい」


「これは偽物の夢なんだろ?」


「本物と同じ材質にできる。好きに生きていい世界になるだけだ。さあ俺様と来いよ。復讐鬼でてめえの人生終わりってのも虚しいだろ? 目的は達成されたんだ。何も考えずに楽しもうぜえ」


 声が響き続ける。オレを呼ぶ両親と、オレを誘うドトウの声が染み込んでいく。深層心理の一番深く、そこに残る両親の記憶が掘り起こされる。研究所での薄暗く反吐が出る体験の中へと落ちる最後の最後。オレを迎えに来た誰かの顔を見て……。


「オオオオオォォォラアアアァァ!!」


 反射的に目の前の両親を斬っていた。


「オレに、オレに幻影とはいえ……二度も父さんと母さんを殺させたな!!」


「夢から覚めたのかあ? だが無駄だあ! 長く寝すぎたんだよ! もう俺様の支配からは逃げられねえ!!」


「ソウルエクスプロージョン!!」


 体内の魔力を放出し続け、魔力と炎で全身をコーティングする。溢れ出すオーラに触れたものは、例外なく爆発を起こす。短時間しか使えないが、目覚ましにはちょうどいい。


「なぜそこまでする? 夢の中でいつまでも家族と過ごせばいいだろ!」


「ウオラアァ!!」


 光速を超え、ドトウのにやけた顔に右拳を叩き込む。同時に爆音と爆風が巻き起こり、遙か先までぶっ飛ばした。


「もう説得は無意味だ。お前はここで殺す」


「無駄だっつっただろうがああぁぁ!!」


 醜悪で巨大な土塊の人形がこっちを向く。顔がドトウに似ていやがるな。


「俺様の夢の中だ! 最強は俺様だああぁぁ!!」


 屋敷よりもでかい土の拳が降ってくる。恐怖は無い。ただ全力の拳を合わせて粉砕する。


「なあにぃ!!」


「お前が住むのは夢の中じゃねえ。地獄だ。お前の野望はここで潰す」


「夢の終わったてめえが! 人生の完結したてめえなんぞに! 俺様の夢が潰されるはずがねえ!!」


 薙ぎ払われる巨人の左腕に飛び乗り、一気に駆け上がる。そろそろ終わらせよう。オレには帰る場所も、待っている人もいる。


「復讐は人生の終わりじゃねえ。仲間ができて、大切な人ができた。復讐の終わりは、そいつらとの人生の始まりなんだよ!!」


「その大切な人がまた死んでもいいのか! 必ずお前と敵対するものが現れるぞ!」


「ああそうさ。気に入らねえ奴の方が多い。人間なんざそんなもんだ。だからこそ、大切なやつはオレの手で守るんだよ! お前らみたいな連中からなあ!!」


 黄金剣を一つに戻し、残る全魔力を剣へと流す。大きく空へと舞い、全力の剣を振り下ろした。


「我道爆炎斬!!」


 炎と爆発の無限連鎖の果て。粉微塵になって消えていくドトウには、絶望と驚愕の表情が張り付いていた。


「こんな……これは俺様の夢なんだあああああぁぁぁ!!」


 後に残るは衝撃ででっかく切り開かれた道だけだ。


「手間かけさせやがって……流石に疲れたぜ」


 幻影が、くだらない夢の時間が消えていく。完全に夢の世界が消えると、そこは植物園のような部屋だった。部屋の中央に緑に光る玉が置いてある。


「鍵ってのはこいつか?」


 さっさと持って帰らねえとな。あいつらを待たせるとうるさそうだ。

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