ほどほどに町の人間をぶちのめせ カムイ視点

 僕達はなんとか夕方には町に到着できた。近場で馬と馬車を返却して町へと入る。まだ日も沈んでいないというのに、人通りが少ない気がした。


「メア、あなたのお家に案内してください」


「……わかった」


 山賊を退治してからさらに元気がない。戦闘を見せるべきではなかったのかもしれないけれど、あれはどうしようもなかった。むしろ本当に狙われていることがわかっただけ収穫だと思う。なぜメアが狙われたのか知る必要が出てきた。


「監視されているな」


「あまり見ないようにしましょう」


 ルシードさんの言うように、遠巻きに見られている。武装しているよそ者が来たからだろうか。警戒しているような、値踏みしているような視線だ。


「おいあいつ……あの子供だろ?」


「ああ、でももう寝なきゃ。もう夜だ。急がないと寝る時間が減る」


 町の人がひそひそと話す声が届く。まだ夕方だ。こんな時間から寝るのだろうか。だから人通りが少ない? 変な町だな。そんなに長く寝ているなら、なぜ顔色がそれほど良くないのだろう。


「ここ」


 町の東側にある、おそらくこの町では立派な二階建ての一軒家だ。庭もある。


「母さん、帰ったよ」


「メア! メアなのね!」


 メアが玄関を開けると、中から慌てて走ってくる女性がいる。メアと同じ髪の色で、容姿からして母親だろう。


「心配したのよ! もう会えないんじゃないかって!!」


「ごめん母さん。ただいま」


 抱き合う親子に水を指すわけにもいかない。僕達はしばらくその光景を見ながら、依頼の半分を達成した喜びを実感していた。


「すみませんご馳走になってしまって」


「いいんですよ。メアを連れてきてくれたお礼です」


 夕飯を頂き、今日は泊まっていって欲しいとお願いされた。目的はメアを護衛しながら異変を解決することだから、四人で宿に泊まることもできないし、申し出は大変ありがたい。料理もおいしい。部屋も余っているらしいけれど、少し悪い気がしてしまう。


「わりいな奥さん、飯くらいどっか適当に飯屋で食ってくることもできたんだけど。あっ、この飯は最高にうまいぜ!」


「うむ、よい腕をお持ちだ。家庭の温かさがある」


「ありがとうございます。どんどん召し上がってくださいね」


 メアのお母さんはシンシアさんというらしい。ありがたく食事を頂戴し、割り当てられた二人部屋に四人とメアで集まって、今後について話し合うことになった。


「飯もうまかったし、メアも無事だった。ひとまず安心だな」


 アジュさんはベッドに寝転がり、ルシードさんが持っていたガイドブックを読みながらそう話す。あれ読みながら寝ちゃうパターンだ。


「ああ、五人で宿を取ることも考えていたが杞憂だった」


 ルシードさんは窓際の椅子に腰掛け、外を見ている。星空を見ながら警戒しているのかも。


「無理だよ。最近はどこの食堂も宿屋も、もう寝る準備を始めちゃうから」


 メアが少し呆れたようにそう言った。


「はあ? 夕飯時に飯屋が寝る?」


 本格的に意味がわからない。そこが一番稼げる時間じゃないのだろうか。


「全部じゃない。けど増えてる」


「食っちゃ寝してっと太るぜ」


 そう言うヴァンさんは、さっきご飯を食べたのに、もうクッキーに手を付けている。本当に甘いものが好きなんですね。


「理由はわかんないけど、みんなおかしくなってきてる。だから、僕だけ荷物に紛れさせてくれて、学園に依頼したんだ。兄ちゃんたちならなんとかしてくれるんだよね?」


「まあ一応そのつもりだ。俺はともかく、こいつらはみんな強い。どうにでもしてくれるぞ」


「お前も動けや」


「はいはい、いい機会だから、メアにも依頼聞かせてやるよ」


 アジュさんが懐からジョーカーのカードを取り出す。学園長のサイン付きで、アジュさんが魔力を流すと光って声が出る仕組みだ。


『ごきげんよう諸君。ブレイブソウル学園の守護者、ダークネスファントムだ』


 学園長は数百年行きているエルフであり、人類最強の一角なんだけれど、ちょっとこういう趣味がある。とても頼りになる、尊敬できる女性なんだけどなあ。


「ノリノリですね学園長」


「このこっ恥ずかしい偽名はいいのかね?」


『全員クラスメイトだ。仲良くやれているね? 今回君達に課せられる依頼は、同行させた子供メアを町へ送り届け、異変を解決することだ』


 聞き取りやすい声でしっかり話してくれる。こういうところ教師だなあ。


『昔その地を治めていた領主と、それに関係した文献が出てきた。どうやら理想郷を探し、作り上げるための研究をしていたらしいが、詳細は不明だ。今回の件と関係あるかもしれないが、学園がおおっぴらに動くには情報が足りなすぎる』


 ブレ学の領地は小さな国家を超え、その軍事力は大国に匹敵する。軽率に動けば騒ぎになるし、敵が逃げてしまう危険があった。


『そこで特殊かつ絶大な力を持ち、まだ若く見くびられ警戒されにくい君達を選んだ。無論報酬は出す。健闘を期待する』


 そこで光は消えた。


「昔の領主と理想郷の研究ねえ……うさんくせえ話だぜ」


「メアがその領主様か研究者の子孫か何かじゃないのか?」


 唐突にアジュさんが切り出した。全員の注目がメアに集まる。


「ボクが? 知らない。どうして?」


「ルシードのガイドブックで見た。かつてこのへん一帯を統治していた貴族がいるってな。その紋章がリビングのタペストリーにあった。一点物の刺繍のようだったし、この家が母親と二人暮らしにしちゃでかすぎる。旦那は出稼ぎだとしても、いきなり男四人に食事が出せるくらいには裕福だ」


 黙って話を聞き続ける。アジュさんが時折見せる、異常なまでの勘のよさと推理力には今まで何度も助けられている。この洞察力は自分にはない面だから、素直に見習いたい。


「山賊もどきがメアを狙った理由も、まあ金か別の欲に溺れたかだろ。そういうことやるやつに心当たりはないのか?」


「わかんない。町は広いし、全部はわかんない」


「町の北側に関係があるのでは? そちらから悪い気の流れを感じます」


「北側は危ないから行っちゃいけないって、大人はみんな言うんだ。だからわかんない。けど……何ヶ月か前に、お金持ちが北の使われてないお屋敷に来たって話してた」


 ルシードさんが立ち上がり、扉へ向かう。表情が戦闘時のそれだ。


「どうしたルシード?」


「よくない連中が集まり始めている」


 窓から外を見ると、町の人が何人も家に向かって歩いてくる。中には農具や武器を持っている人もいた。


「俺達も下に行くぞ。裏口から出る準備をしろ」


 全員で支度を整えると、玄関でシンシアさんと誰かが話す声がした。


「あんたのガキをたぶらかした連中を出せと言っているんだ」


「あの人達は息子を助けてくれたんです。悪い人ではありません」


「うるさい! 連れてこいとおっしゃるんだ! ぐだぐだぬかすな!」


 揉めている。あんなに高圧的に怒鳴る必要なんてないのに。ひどい人だ。


「はーいちゅうもーく! オレを見な!!」


 いつの間にかヴァンさんがメアを小脇に抱えていた。町人の視線が集まっていく。


「安心しろメア。オレが守ってやる。しっかり掴まれよ?」


「……わかった」


「ガキはオレが保護した! 欲しけりゃ追いついてみな!!」


 窓から飛び出していった。判断力と行動力に長けた人だ。僕達も後を追おう。


「逃げやがったぞ! 追え!」


 見る限り全員がついてきている。広場までたどり着くと、僕ら五人を包囲するように、遠巻きに町人たちが来た。


「人さらいどもめ! その子を渡しな!」


「だからオレらは護衛で、町まで守ってやったんだって」


「そうやって無垢な子供を騙したんだな!」


「その無垢なガキよりバカな大人がお前らだろ?」


「なんだと!!」


「まったくだ。己の信念も進むべき道も無いから、簡単に他者に誘導される。嘆かわしい」


「二人とも挑発するのはやめてください」


 ヴァンさんは明らかに挑発。ルシードさんは無自覚な挑発だ。どっちにしろ面倒だから控えてください。


「僕大きくなったら町出ようかな……」


「あはは……子供に呆れられちゃおしまいですね」


「ふざけんじゃねえぞ!」


 怒りの収まらない町人がこちらへ農具を持って突っ込んでくる。


「やれやれ……おっさん、あんま無理すると腰痛めるぜ?」


 ヴァンさんが前に出て、鍬が振り下ろされる直前でひらりとかわす。バランスを失ったのか、おじさんはそのまま転んでしまった。


「あうっ!?」


「やられたぞ! やっぱり敵だ!」


「自分でこけただけだろうが」


「よし、これもう正当防衛だな。さっさと殺っちまおう」


「ダメですよ!?」


 アジュさんが楽しそうな悪い顔をしている。絶対にろくなことにはならないぞ。


「俺はな、どうしても納得いかないんだよ。物語でもあるだろ? すげえ強い主人公とかが、うざい村人に攻撃できなくて逃げるーみたいな展開。あれ大嫌いなんだよ。悪いのも攻撃してきたのもこいつらだろ。だからさ……」


 アジュさんに向かってきた男性に、サンダースマッシャーが直撃した。


「さっさと死ねや!!」


「ぎゃああぁぁ!?」


 軽く吹っ飛んで痺れている。どうもかなり手加減はしたみたいだけど。


「ちょっとおおおぉぉぉ!? 攻撃しちゃダメなんですって!!」


「甘いなカムイ。死んじゃいない。それにこいつは、シンシアさんに武器向けて怒鳴っていたジジイだ」


「あっ、じゃあいいです」


 僕もその人には不満があったので、軽く痺れて少し焦げるくらいいいや。


「わりいなカムイ。オレもやられっぱなしは気に入らねえ。死なない程度に加減はするし、何人か倒せばびびって収集もつくはずだぜ」


 ヴァンさんが黄金剣を構えて見せびらかす。あなたはあなたで楽しそうですね。


「よりによって二人の意見が一致しちゃうなんて、なんて不幸」


「違うぞ。俺は全員痛めつけるつもりだ」


「なおさらダメでしょうが!!」


 この人は本気なのか冗談なのかわからない。やると言えば本気でやれる力があるだけに始末におえない。せめて僕が三人を止めないと……どうしよう。


「子供にこの現実は辛かろう。怖ければオレの後ろに隠れていろ」


「オレらも十代のガキだけどな」


「それは言わないお約束ですよ」


 まずはメアの安否が最重要。他はそれから考えましょう。


「2,3匹殺せば見せしめになるだろ」


「完全に悪役のセリフだぞ、アジュ」


「ルシード、お前はどうすんだ? オレらと暴れるかい?」


「ダメですよ? ダメですからね?」


 あなたはこっち側でいてください。そんな願いを込めて聞いてみる。


「安心しろカムイ。オレは自分の武士道に背くことはしない。どうやら扇動しているものがいるようだ。幻術の類かもしれない」


 この状況でも落ち着いている。一歩前へと出て、ルシードさんの動きが止まり、息を大きく吸い込んだ。


「静まれっ!!」


 ルシードさんの咆哮が広場へと響き渡り、びりびりとした気迫にあてられて、町人全員の動きが止まった。


「お前達を突き動かすものが何かは知らぬ。だが子供を怯えさせ、見ず知らずの人間に敵意を向けてまで、本当に叶えたいことなのか?」


 落ち着いた、それでいて怒気を含んだ声は、日が沈む広場によく通る。


「今の自分は、本当に胸を張れる存在か? 子供を私欲に利用しようとする下卑た思いは、家族や友人に見せられるものか? 己の志を捨てるほどのものか!! 子供を導く大人として恥を知れっ!!」


 誰も言葉を発しなかった。静寂がいつまでも続くかと思った矢先。誰かの拍手が聞こえた。


「いい演説だね」


 重く暗い誰かの声は、やけに綺麗に耳に残る。少し芝居がかっているのは、印象を強めるためだろうか。


「誰だ!」


 屋根の上に立つ男は、全身を紫色の装甲で覆っていた。唯一露出している頭部からは、流れるような美しい金髪と、夜でも輝く金色の目が見えた。


「メア。君の母親は預かった。帰して欲しければ北の屋敷に来い」


 しまった。シンシアさんを人質にされた。


「母さんを! 母さんをどうした!!」


「無事だ。今の所はな」


 空を見上げ遠い目をする敵の背後に、アジュさんとヴァンさんがいた。


「ならここで敵を一匹」


「消しとくかあ!!」


 二人の斬撃は、何か硬いものが割れる音とともに空振りに終わった。はじめから幻影だったのか。


「待っているぞ。夜明け前に母親を殺す」


 男の声は最後まで夜の闇によく通っていた。

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