フォーカード・ジョーカー~問題児四人が好き勝手戦いながら自由に解決する事件簿~
白銀天城
子供を町まで送り届けろ
夢を見て、他人を羨み、よりよい自分を願う。願いは野望を作り出す。
五人を乗せて走る馬車は、そんな悪い夢を求める町へと向かう。
雲ひとつない晴天が、何事もなく平和であるという夢を見せてくれているうちに。
「馬車ってこんな乗り心地悪かったか? 俺の気のせいじゃないよな?」
車内で寝転がりながら気だるそうにそう呟き、何度目かわからない寝返りを繰り返す男、アジュ・サカガミ。警戒とは無縁の不機嫌な寝姿は、本人の黒髪黒目と合わさり暗い雰囲気を出している。
「さては貴族用のいいやつしか乗ったことねえな? 先に言っとくぜ。オレの運転のせいじゃねえ。金ケチらなきゃよかったな」
御者の代わりを務める長身赤毛の男ヴァン・マイウェイは、振り返らずに軽く返す。鍛え上げられた強靭な肉体には、多少の揺れなど関係ないのだろう。金色に輝く両目は、よく晴れた空と進むべき道を映していた。
「ゆっくり眠れもしない。けど眠い。旅ってのは厳しいな」
「アジュは寝過ぎだ。夜寝れなくなっても知らねえぞ」
「その時はヴァンのせいにする」
「オレのせいじゃねえっての。寝れねえの解決してねえだろそれ」
「仕方ありませんよ。一台貸し切りで、外から見えないよう屋根と幕がついている馬車で、これ以上グレードは下げられませんからね。それに、あまり予算をかけると自腹になりますよ?」
不毛なじゃれあいに苦笑いを返しながら、待ったをかけるカムイ。エメラルドグリーンの髪が風に揺れ、宝石よりも煌めく紅い瞳から繰り出される笑顔は、やや童顔であるがトップアイドルも狙える輝きである。
「多少の揺れなどものともしない心を養う機会だ。これもまた修行。暇なら現地のことでももう一度調べておくべきだろう」
銀色に薄く水色が入った長髪を後ろで束ね、鋭い紫色の目を開くルシード・A・ラティクス。精悍な顔つきは一見無表情だが、その手にはガイドブックが握られていた。よく見れば付箋も貼られている。
「お前さん、楽しみなだけじゃねえのか?」
「初めて行く土地だ。情報が第一なのは言うまでもあるまい。敵を知り己を知る。これもまた武士道だ」
「ついでに名産品と観光地も調べておいてくれ。ミスター武士道」
「承った。ではまず今夜の食事だが……」
「肉」
「僕はお魚がいいです」
「オレは甘いもんが食えりゃいいぜ。メアは何が食いたい?」
馬車の隅で膝を抱えて俯く子供へと、できるだけ優しく声をかけるヴァン。町まで安全に送り届けることが第一任務であるため、あまり刺激しないようにとの配慮だ。
「ボクは母さんが……家に帰れば母さんが作ってくれるよ……」
メアはまだ十歳前後といった幼さの残る顔で、帽子を深く被り直しながら呟く。金色の髪が僅かに覗くだけで、他人からはその青い瞳も見えない。男か女かすら判別できないように工夫されていた。
「そりゃいいな。羨ましいこった」
「……む?」
ガイドブックを読み直していたルシードが、立て掛けてあった剣を背負い直す。ヴァンに匹敵しそうな長身でも隠れてしまいそうな、巨大な鞘に剣が収められている。鉄でも鋼でもない特殊な材質でできた鞘は、それそのものが鈍器のようでもあった。
「どうしたルシード?」
「殺気だ」
その言葉を聞いてからの行動は迅速だった。
「メア、すみっこでじっとしていてください。絶対に外に出ないで。僕達が守ります」
怯えながらも頷き馬車の端へと移動するメア。それを見届けて、全員が自分の武器を手に取り意識を切り替える。
「止まれ!!」
馬車の前後を挟むように、下品な顔と身なりの男達が寄ってきた。手には粗末な剣も見える。
「ガキを渡せ。いるんだろ?」
ヴァンが手を叩き、大げさなリアクションで声をあげ注目を集める。
「はいはいお兄さん、どのガキをご指名で?」
「いい子いるよー。筋肉と武士道とお坊ちゃん。お好みはどの子かな? ちなみに俺はNGだ」
アジュが興味なさそうな顔で、それでもゆっくりと白い幕を開けた。開けると同時にメアを幕で包み込み、馬車の隅へと隠す。こういった小細工が好きな男である。
「ちゃっかり自分外してんじゃねえよ。サボんな」
「俺接客とか無理」
「ざけんじゃねえぞ! 町に届けるガキがいるはずだ!!」
あまりにも舐め腐った態度に腹を立てた山賊は、
「ほーらクレーム来たぜ。お客様には笑顔で接客だ。顔で笑って心で泣いてってな。オレのスマイルを見習えって」
「心頭滅却。己の魂を押し隠し、耐え忍ぶ。接客道は武士道に通じているのかもしれんな」
「そんなバカな」
真面目と呼ぶべきか天然と呼ぶべきか迷うコメントを残しながら、ルシードは前方のヴァンとともに外へ立つ。
「なんだあ? 全員ガキかよ」
「そういうことです。誰に御用ですか?」
「この先の町に住むガキだ。いるんだろ? 出しな。ガキのうちに死にたくねえだろ?」
もしメアを守る者がこの四人でなければ、あるいは山賊もどきの未来は変わっていたのかもしれない。
「死にたくなけりゃさっさと出すもん出して……」
最後まで言い切ることはできなかった。アジュの左手から撃ち出された雷光により、馬車後方の敵が怯む。
「サンダースマッシャー!」
「ぶぶうぅ!?」
先頭の山賊の首から上が焼け焦げ、半分ほど消えていた。山賊達は数秒思考が停止する。停止してしまう程度の実力であった。
「こいつ魔法使いか!」
この時点でカムイは両手の手甲に水と風の魔法を展開。悟られずに敵の中心へと入り込み、技の発動に至っている。
「こいつも、ですよ。風流牙!!」
敵は既に二手遅れていた。風と水の螺旋が複数の男を巻き込み、体を大きくえぐり取っていく。
「ぎゃああぁぁぁ!?」
断末魔をあげる者は無視し、カムイの体術にて確実に急所を捉えて数を減らしていく。しっかりと鍛えているが、余計な筋肉は削ぎ落として柔軟さを重視したカムイだからこそできる、素早い立ち回りである。
「散れ! 散らばるんだ!!」
「サンダードライブ!!」
アジュの放つ雷の群れが、地表をねずみ花火のように不規則に走り抜けていく。必死に避けようと移動する敵には、自分達がほどよくカムイが攻撃しやすいようにまとめられていることも気づけない。
「てめえ出てきて戦いやがれ!!」
「断る。俺はインドア派なんだよ。悪い遊びにゃ付き合わないの」
馬車の中から魔法だけを撃つアジュ。メアを監視する目的もあるが、単純に接近戦向きではないことにも起因する。腰にナックルガードつきのカトラス、背中に長巻という刃も柄も長い刀をつけてはいるが、本人の言う通りインドア派なのだ。
「それじゃあ外に出ている僕が悪い人みたいじゃないですかもう」
「真面目な王子様にはちょうどいい経験さ。応援と援護はしてやるよ」
拗ねたような声を出すカムイに笑って返すアジュ。事実その援護は的確である。カムイの背後に迫る敵を焼き、多対一になりすぎないよう、山賊を間引いていく。みるみるうちに馬車後部の敵は消えていった。
「さーて、あっちはどうかな?」
前方のヴァンとルシードはさらに楽勝ムードであった。
「おいおい腰が引けてるぜ? いい大人がそんなことでどうすんだよ。イイイイィィヤッハアアァァ!!」
跳ね跳ぶ敵の頭と同レベルに太い腕。金色の大剣から繰り出される斬撃。これらは単純かつ回避不能の剛剣を作り出す。速度も威力も一切乱れることなく繰り返される攻撃により、ヴァンの通る道には屍が築かれていく。
「数だ! 数で押せばガキの一人くらい!!」
弱者の、それも教育など受けていない賊には理解できない。この世界は数ではなく質がすべてであると。
「はいはい一列に並べ。動くと痛いぜ?」
「怯むな! どのみち目当てのガキ以外は殺さなきゃなんねえんだぞ!」
「ほう、そいつは詳しく聞きたいねえ」
「いいから死んじまえ!!」
「こういう大人にゃなりたくねえな。全力爆炎斬り!!」
自身の魔力を炎と爆発に変換して叩きつける。やることはシンプルだが、その爆炎は神も天使も悪魔も焼き尽くしてきた実績がある。くすぶっている人間ごときには、凌ぐ策も断末魔をあげる暇もありはしなかった。
「クソが! ガキをさらってくるだけの簡単な仕事じゃねえのかよ!」
「哀れな。せめて一太刀で葬ろう」
ヴァンが派手に動く影で、ルシードもまた淡々と賊を処理していた。巨大な鞘からすらりと長く美しい刀を抜く。鞘の大きさがあまりにも刀と合わない。賊は最後までその理由を知ることはなかった。
「二の太刀、閃光」
刃が煌めき、一筋の光が正確に敵の喉元を捉えていく。刀の一振りで生まれる数十の光は、太陽光に照らされることで視認することを困難にした。達人のみが感覚で回避するしかない境地。そこに踏み入ることのできないものは、何が起きたかもわからずに散っていくのみ。
「そちらも終わったようだな」
「ああ、怪我とかねえな?」
「無論だ」
すべて斬り捨て合流し、メアの安否を確認する。その後死体を焼く前に敵の手がかりを捜索したが何も出ず。仕方なく処理をして馬車に乗り直した。
「少しばかり予定が遅れるが、このまま町まで行くぜ」
「急ぎましょう。また誰か来るかもしれません」
「連続で運動はパスだ」
目的地を目指し馬車は走る。彼らはまだ知らない。敵が何者なのかも、今夜がどれほど長くなるのかも。
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