正しく使おう、贈り物

 ※第一部ごろのお話です。




「……うーん」


 雪花は珍しく悩んでいた。露店の前で、腕を組んで。


「おう雪花、何かお探しかい?」

「まあ、うん。ねえ、店主」

「ん?」

「若い男が喜ぶ贈り物って何かな。男物の簪とか?」

「まぁそうだなぁ。簪もいいが、扇子とかもいいんじゃないか」

「扇子か……」


 親父が勧めてくれる扇子を広げて見て、雪花は再びうーんと首を傾げる。


「なんだ、恋人でもできたか」

「違う」


 その答えを一刀両断すると、雪花は面倒臭そうに説明する。


「ものをもらったから、そのお返しを探してるんだ」


 詳しく言えば、腕輪を無理やり押し付けられ、そのお返しを探してこいと鈴音達に後宮から無理やり放り出されたのだ。

 渡してくるまで帰ってくるなと言われる始末だ。

 だが何を見てもしっくりこず、頭を抱えている。

 あいつ自体が無駄な輝きを放つ宝石みたいなもんだから、装飾品の類を何か渡したところで意味がなさそうだ。

 もう少し悩むか、と店に断りを入れて街中をとりあえず歩く。

 装飾品は無理だな、と諦めて、首を捻りながら歩いていると。


(——あ)


 とある店を見つけて、これでいいや、と雪花は即決した。

 あとは紅家に届けて、その足で後宮に戻ろうと雪花は足を進めた。


 ——が。


「どうされたのですか」

「……届け物を」


 紅家の門を叩けば、何故かご本人直々のお出迎えだ。

 仕事はどうした仕事は。


「私にですか?」


 志輝も驚いたように目を瞠っていたが、何か合点がいったのか、そういうことかと小さく呟いたのが分かった。


「何がですか?」

「いえ、陛下と白哉が今日は帰れとしつこかったものですから。なるほど、貴方を出迎えろと言うことだったんでしょうね」


 志輝は苦笑すると、雪花を家の中に招き入れた。


「あの、長居はできないのでこれだけ受け取ってもらえれば」

「茶くらい飲めるでしょう」

「……」

「その辺りに置いて逃げ帰ったら、借金チャラの話は取り消しますよ」


 雪花の考えたことが分かったのだろう、志輝が鋭い目で釘をさしてきたので、雪花は渋々諦めた。

 そんなこんなで屋敷の中で茶を頂き、杏樹が甘さを控えた饅頭まで出してくれた。

 二人、顔を合わせて一息つくと、雪花は流れも何もなしに、贈り物をずい、と差し出した。


「あの、これ、差し上げます」

「え?」

「腕輪、頂いたし、貴方の誕生日だというから」


 小さな包みを差し出された志輝は、驚いたように目を瞬きさせ、それから包みを受け取った。


「良いのですか?」

「嫌でなければ使って下さい」


 志輝が包みから取り出したものは、赤い下緒だった。小波のような矢羽根模様が組まれていて美しい。


「綺麗ですね……」

「大したものじゃなくてすみません」

「いえ……! とても、嬉しいです」


 志輝は顔を綻ばせた。いつもの胡散臭い笑みでない、優しげなもの。

 こんな顔もできるんだな、と思いながら雪花はほっと肩を撫で下ろした。

 ならば、これで今回の任務は終了だ。


「それならよかった。これで後宮に戻れます」


 目的は果たした。ならば、さっさと帰ろう。

 茶を流し込み、立ち上がろうとした雪花に、志輝は慌てて雪花の腕を掴んだ。


「……これで戻れるって、どういう意味ですか」

「え? いや、同僚たちが、ちゃんとお返しするまで帰って来るなというものですから。喜んで頂けたようですし、これで任務完了といいますか」

「……任務」

「それにやっぱり物を頂いておいて(押し付けられたにしても)、なにも返さないというのも、人としてどうかと……っ!?」

「へぇ……」


 そこで雪花はようやく気づいた。先ほどまでとは打って変わり、志輝の声が低くなっていることに。黒々しい靄をまとっていることに。


「なんで怒ってんですか!」

「いえ、別に。貴方に期待した私が大馬鹿だと思っただけですよ」

「はぁ? てか、何してるんですか!」


 志輝は人の悪い笑みを浮かべつつ、いつのまにか雪花の片方の手首に、下緒をしっかりと括りつけていた。そしてその先を自身が握りしめ、雪花を席にもう一度座らせる。


「もう少しお茶に付き合ってください。そうすれば解いてあげますから」

「あたしは獣か!」

「お茶、お代わり淹れますね」

「人の話聞けよ!!」

「それ以上いうと、両手首括りますよ。それはそれで魅力的ですけど」

「このド変態……!」

「なんとでも」


 しかしこの後すぐに杏樹に見つかり、志輝は杏樹にくどくどと説教される羽目になったのは言わずもがな。

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