一番強いのは


「足を広げて座らない、蟹股で歩かない、頬杖つかない、口だだっぴろげて欠伸しない。」

「い゛だっ」


 それは雪花が後宮に入る前。雪花は杏樹にそれはもう厳しく扱かれていた。気を抜けば扇子で叩かれるは、笑顔で罵られるは、頬を抓られる等…。さすが年長者、容赦がなく恐ろしい。


「姿勢は綺麗なんだけれど。足の運びがなっていないわねえ。蟹股ってなんですか、あなた」


 雪花の頭上に本を三冊程乗せて歩かせながら、杏樹は困った様にため息を吐いた。


(…どの世の中に、御淑やかに用心棒する奴がいるんだよ)


 と内心毒づいていると、すぐ目の前を扇子が飛びぬけていった。

 本を頭にのせたまま思わず後ろへ飛びのくと、杏樹ははぁとこれ見よがしにため息をつく。


「まったく、運動神経だけは抜群ね」

「それだけが取り柄なもので」

「まったく。せめて笑顔くらい愛想よくできないのですか」

「目の前にお金でもぶら下げてもらえばできるかもしれません」


「じゃあ、ぶらさげてあげましょうか」


 突然割って入ってきた楽しげに笑う麗人に、雪花は「げっ」と顔を歪めた。


「ほらその顔!まったく、志輝様になんて態度ですか。年頃の女が志輝様を前に頬を赤く染めないなんて、貴方おかしすぎますよ」

「だってこういった顔は嫌いですし、何より性格が…」

「―――ん?何か言いましたか?」


 杏樹の主が雪花の目の前に顔を持ってきたので、雪花は本を頭に乗せたまま更に後ろへと後退した。気配を消して一気に距離を詰めないでいただきたい。


「本当に器用ですね」

「そりゃどうも」


 そして雪花はキラキラ笑顔を前に壁際まで追い詰められて、志輝の腕が壁を突いた。


(こいつ、毎度毎度距離近いんだよ)


 そう悪態付きながら、雪花は頭上に乗せた本を一冊とって志輝の顔を押しのけようとする。


「志輝様、性格が悪いってよく言われませんか」

「自覚してますよ」

「直そうとは努力しないんですか」

「今更無理じゃないですかね。大抵は猫かぶってますので、大丈夫ですよ」

「じゃあ私の前でもせめて距離を置いて猫かぶってくれませんかね」

「それは面白くないので嫌です」

「私は全く面白くないんですがね」


 二人の攻防戦を見ていた杏樹は疲れたようにため息をつくと、落ちた扇子を拾い上げて、それをなんと雪花達の脇に目がけて一直線に投げた。

 耳元を掠めたそれに、さすがの志輝も雪花から身を離す。


「―――志輝様。雪花で遊ぶのは楽しいのは分かりますが、後宮入りまで時間がないのですよ」

「…別に本物の侍女にならなくていいんですから、蟹股だろうがいいじゃありませんか」

「いいえ、貴妃様の威厳に関わります。だいたい私の仕事に口を出すとはどういう了見ですか。さっさと部屋から出て湯あみしてきてください。みんな暇じゃないんですよ。人の仕事を邪魔するように育てた覚えはありません」

「…」


 志輝は罰が悪そうな顔をすると、渋々部屋から退散していった。


(こえー)


 この屋敷で一番権力を握っているのは間違いなく杏樹なのだろうなと、雪花はそう確信したのであった。



***


壁ドン流行ってた時期に書いた気がします…。あれは憧れるどころか、やられた本人恐いよね、ちょっと。

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