二〇一八年一月二十日(その2)

二〇一八年一月二十日



 嶋田九朗は考える。

 嶋田九朗とハルが、科学者と製作物でも、父親と娘でもなく、ただお互いを大切に想う嶋田とハルというふたつの感情になった。

 猫が生きているか死んでいるかはわからない。だが、箱の中には猫は居ない。


 大学を辞めて以前からオファーの有った未知道カンパニーに入社したのは当然の流れであり、そして人格交換と人工知能の開発を始めた。生まれることも無かった娘の亡骸と共に。

 心とはどこから生まれるのだろうと考える。

 精子と卵子が結びつき、分裂する中、どのタイミングで心になるのか。

 母体から出て外気に触れた途端に心になるというのだろうか。命と心の正体を視たい、その好奇心は娘を生き返らせたいという欲求を巻き込んで増殖した。

 死んだ娘の脳細胞による電気パターンを記録、データ上に再現し、それを対話するように育てていく。そのデータはもちろん死んだ娘ではないが、間違いなく九朗の娘を基にされていた。

 それまでいくら試行しても生み出されなかったモノは、嶋田九朗の娘、“春”の遺体を苗床にして“ハル”として咲き誇った。

 ハルは娘なのか、ハルは自らが生み出した完全な人工知能なのか。

 どちらなのか。どちらだと思うべきなのか。どちらだと願うべきなのか。

 嶋田九朗は父親なのか開発者なのか二律背反する感情を閉じ込めたその箱を開ければ、その感情の正体を知ることができるのだろうか。

 分からないままに嶋田九朗はネットアイドル・ハルを完成させ、そのハルは国木優の声を自らの声として置換して自ら作詞作曲して多くのファンを確立した。

 自然や偶然が生み出す音が心地よいことは有っても、それは音楽ではない。 

 音楽とは心と心の共鳴によってのみ生み出されると考えることが妥当であり、連続してヒット曲をリリースし続けたハルに心がないとするのは確率的に有り得ないことだった。

 ハルは他の知性からの干渉を受けずとも曲を生み出し、ファンから敬意と憧憬を集め、それは確かに人工知能としての完成であり、嶋田九朗が最初に目指したことだった。

 しかしながら、未知道カンパニーというよりも三毛正二の目指したのはその先、“人工知能の販売”を目指した。

 三毛は話す。投資してきたのは回収するためであり、既にプロモーション活動を終えた人工知能を販売すれば、それは儲けになる、と。

 そのためには人工知能のスペックを調べる必要があり、人工知能と人間との人格交換を行う必要がある、と。

 それは、今まで九九%は心であると証明されていた人工知能が、百%の心である人間との人格交換によって一パーセントを埋めることをも意味していた。



「お父さん! ただいま! 今日ね! 向こうの世界でお父さんに似ている秋由さんっていうお兄さんに会ったよ!」



 この安らぎが、科学者としてだとしても、父親としてだとしても、どちらでも良いのかもしれなかった

 箱の中で、二匹の猫は寝息を立てていた。

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