ずっと、キミと。
夜野さくら
第1話 図書館の彼
「あっつー」
真夏の日差しが照りつけるお昼過ぎ。私はバスケ部の友達と部活帰りにだらだらと歩いていた。ただ歩いているだけなのに全身から汗が噴き出してくる。
「それじゃあ私たちこっちだから。また明日ー」
そう言って、3人の友達は私とは違う方向へと帰って行った。私はそのままだらだらと歩く。暑くて今にも溶けてしまいそうなのに、まだ家までは30分近くある。どこか涼しい所で一旦休憩を入れなければ、家にたどり着くまでに本当に溶けてしまいそうだった。
「何で夏はこんなに暑いのよー、ていうかセミうるさい!」
暑すぎてつい、セミに身も蓋もない文句を言ってみる。セミのせいでいくらか体感気温が上がっているのは事実だと思うけど。
自分を苦しめる鳴き声の主を見つけてやろうと道路脇の林の中に目を向けると、少し奥まった所に建つひとつの建物が見えた。
「こんな所にこんな建物あったっけ?」
そう思いながら近寄ってみると、
「桜木図書館……?」
そう書いてあった。こんな所に図書館なんてあったのか、知らなかった。
「そういえば図書館って涼しいイメージあるなー。それじゃあせっかくだし、入ってみよーっと」
相当古くなった扉を開けて中に入ってみると、古い建物でありながら空調設備はしっかりしていて、ひんやりとした空気が私の火照った体を癒やした。図書館では静かに、ということはさすがの私でも弁えていたので、いつものように涼しー! などと叫んだりはせずに一度深呼吸をしてから辺りを見渡すと、さすが見つかりにくい場所にあるだけあって、ほとんど人はいない。いるのはカウンターに座るおじいさんと、机で何やら書いている同い年くらいの青年だけであった。その青年からは色白で線が細く、消えてしまいそうな印象を受ける。年季の入った建物、静かな雰囲気、ひんやりとした空気、あらゆる面で特別な、差し詰め異世界のような、そんな気さえした。
その異世界で何かを書く青年。彼のことは何一つ知らなかったが、なぜか無意識のうちに心が躍った。すると青年がこちらに気がついたようで、落ち着いた笑顔で会釈をする。その清らかな仕草に見とれながらつられて会釈を返す。もう彼までもが異世界の住人のように見えてきた。暑かったことも忘れ、彼をまじまじと見つめながら近づくと、書いているのは小説らしいということはわかった。そして右端の方に目をやると、
「紺野千秋……?」
それが彼の名前らしく、彼を見るとやはり落ち着いた笑顔でこくりと頷いた。紺野千秋。彼に興味が湧いた。今思えば別に理由なんてなかったと思う。だけど私は、どうしようもなく彼のことが知りたくなった。そう思ったとき、ふと時計を見て用事があったことを思い出す。せっかく出会った不思議な空間で名残惜しいが、今日は仕方なく帰ることにした。
「また、来るね」
そう告げると、笑顔の彼を横目に私は図書館をあとにした。
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