第6話 傲慢な神官と可愛い傭兵


「とりあえず、お前はこれ以上騒ぐな、暴れるな、大人しくしていろ」


 言い渡された命令に「でもさあ」と正当な抗議をもって反論する。


「俺だってやむを得ない判断でああしたんだよ。言うなれば主張。いいか、全異世界共通の最重要項目は衣食住。住はまだいいよ。まだな。あとで苦情は言うけどな」


 弓月ゆづきはびっと二本指を立ててシリウスに突きつけた。衣と食の分だ。


「まず服装をどうにかしろ。早急な支給求む。次に食! シンプルに言う。早く寄越せ」


 今が何時かは知らないがもう正午は回っているのではないだろうか。昨日の夜は、明言は避けるが大事な部分がくっついた直後なので何か摂る気にはならなかった。が、さすがに生理が心情を上回りつつある。


「あれ、そもそもエルフって何食べるんだ? ……霞?」

「違う」

「じゃあ風」

「違う」

「光とか……?」

「…お前が私たちにどんな偏見を持っているかは知らないが、主に摂るのは肉と野菜と穀物だ」


 案外普通か。とりあえず調達は問題無さそうで安心である。

 あと衣食住に並んで心配だったとある疑問をぶつけると、あっさり「手洗いか。あるぞ」と返ってきて心底安堵した。アイドルよろしくエルフうんこしないもんとか言われたらどうしようかと思った。


「お前の心配事は解消されたか?」

「大体は」

「そうか、ならもう一度言う。騒ぐな。暴れるな。大人しくしていろ」


 一本指でびしっと突きつけ返され、弓月は不満そうに頷く。しばらく同色の瞳で見つめ合い、シリウスがぼそりと付け加えた。


「…………まあ、やむを得ない場合は仕方ないが」




     ◆     ◆




 「やむを得ない場合」は案外すぐに来た。


「うおあああぁあぁあ!」

「ぎゃー! また出たー!」

「《呪い》のガキだー!」


 今日も今日とて、弓月ゆづきは元気よく奇声を上げて走り回っていた。逃げる兵士、追う少年。戦闘能力皆無の非力な彼は、知恵と勇気を垂れ流し己の悪名を存分にステマしていた。別に弓月は根っからの悪人と言うわけではないが、目的のためなら手段は問わない程度の潔さは持ち合わせている。


「飯を寄越せー!!」


 そう、これはやむを得ない手段なのだ。

 ことの起こりは今日の朝にまで遡る。





「俺の飯は?」


 扉を開けてそう聞くと、昨日とは顔ぶれの変わった兵士二人がひいと情けなく叫び飛び退った。

 昨日はといえば、シリウスの部屋を訪れた直後、昼食を運んで来た使用人達と偶然鉢合わせした。執務室で摂るなんて王らしくないと思いつつも、これ幸いと存分に横取りしてきたのだ。人をここまで放置した報いだ。やつは石でも齧っていればいい。

 問題はその翌日、つまり今日だ。


「朝ご飯どうすればいいの?」


 空腹を訴える腹を抱えてそう聞くと、ひそひそ言葉を交わし合った兵士がどこかに走り去った。弓月ゆづきは、ダッシュで調達なんてありがたいなとなんの疑問も無く彼らを見送ったのだ。

 だが兵士が調達して来たのは朝ご飯では無かった。


「ふん、貴様が現王の片割れか」


 シリウスとは正反対の、癖の強い金髪をくるくる舞わせたどぎついのが降臨したのだ。胃もたれしそうな美形だ。弓月は間髪入れず「チェンジ」と言い放つ。


「なんだお前。おい、俺の飯」

「口の聞き方を知らんガキか。私はこの国の上級神官が一人、ベテルギウス」


 さあ敬えと言わんばかりの輝かしいドヤ顔だった。こんな俗世に全身浸かってそうな男が神官だと? 冷血ブリザード国王様といい、この王国の人材不足問題は深刻さを極めているらしい。お騒がせ呪いっ子救世主の自分のことは棚に上げ、弓月はそう考えた。


「貴様に食わせる飯などない。呪いの申し子。大人しく部屋にひっこんでいろ」

「あ?」


 なんだと? この世界を救いに来てやったのに救世主に向かってなんだその口のききかたは。パスタみたいな髪をくるくるといじるベテルギウスは、腹を抱える弓月をふんと鼻で笑い背を向けた。翻ったマントがべしっと顔にあたる。

 いっそ感心してしまった。


(………度胸はあるみたいだな)


 昨日城内で繰り広げられた死の鬼ごっこは、兵士や騎士はみな逃げ惑うだけだったがこの男は弓月に臆した様子はない。ただの馬鹿か、魔術とやらに相当な自信があるか………おそらく、後者だろう。一筋縄ではいかなそうだ。


「我ら神殿が預言したのは「救世主」の召還だ。貴様のような呪い持ちが救世主なわけあるまい。偽物は引っ込んでいろ」


 確かにベテルギウスの言う通り、弓月は呪い持ちだが、その辺はこちらの世界のニアミスの可能性だって十分にあるのだ。特に罪悪感を持つこともなく、弓月はいけしゃあしゃあと「だから本物だっつの」と主張した。


「白部屋白男にちゃんと言われたし。『片割れ』って」

「しろへやしろお………? …………それは大神官様だ!! 口のきき方にきをつけろ!」

「はー!? あいつ神様的な存在じゃ無かったの!? 生身!?」


 そういうことだったのか。神的なアレかと思ったからいろいろ一方的に言い渡されてもとりあえず従ったのに、とんだ詐欺師だ。


「大神官様はこの国において一番神に近い存在と言われる。下手なことをいえば打ち首ということもありうるぞ」


 なんだそれは。腹も切断されたっていうのに首まで切断されたのではたまったものではない。弓月はその白男への言及はあきらめ、最初の目的に一度戻ることとする。


「とりあえず飯だ飯。はやく飯よこせ」

「ふん、馬鹿馬鹿しい。あの黒き凶兆の王が召喚した黒き魔物が救世主だと? そんなもの信じられるわけが無かろう」

「またそれかよ髪の色でガタガタうっせーな!」

「マントを掴むな皴になる! それ以上騒ぐなら牢に突っ込むぞ! ……ああ失礼。もう牢屋にいるようなものか」


 暗にマイルームを馬鹿にされ、弓月はびしっと青筋を浮かべた。たしかに反論の余地が無いほどのボロ部屋だ。しかし他人から言われるのは無性に腹が立つ。


(この野郎!)


 自分で食事を調達出来なくとも、まあ王さまの朝食パクればいいかと呑気に構えていた弓月だが、事情が変わった。男には引くに引けないときがある。多分今だ。

 弓月は懐に入れていた最終兵器を握りしめた。

 

「わかったよ金髪くるくる野郎、お前の度胸は認めてやる」

「なんだとだれがくるくるだ! 悪の証である黒髪持ちに言われたくないわ!」

「生意気な口聞けるのもそこまでだな!」

「……なんだその小さな黒いものは」


 もったいぶりながら弓月が取り出したそれに、ベテルギウスが形良い眉を顰める。


「その不吉の象徴である俺様をここまでコケにしやがって。ただで済むと思うなよ………」


 直後、突如鳴り響いた奇怪な音に、ベテルギウスは悲鳴をあげて飛びのいた。


「なっなんだそれは!」

「俺の持つ魔法具だ! さあこれを見ろ!」

「ひっ……な、ななななぜ私の顔がそんな小さな水晶に収まっているのだ!?」

「俺がお前の命を! 閉じ込めてやったからさ!」

「うわああああああ!!」


 魔法具・携帯端末を指して叫ぶエルフを、弓月は高笑いしつつさらに連写した。ベテルギウスの目の前にスマホを突き付け、カメラロールの画像をフリックすると、「や・め・て・く・れ」と口を動かすベテルギウスが綺麗に五枚撮れている。


「わわわわ私が増えたああああ!!」

「増えたんじゃない吸い取ってやったんだよ!! お前の魂をな!」

「たっ魂だと!?」

「これにお前の多く映るほどお前の寿命が減っていく……」

「ひい! し、風精霊シルフ!!」

「遅い!」


 さすが神官。すぐに魔術を行使できたのは立派だが、僅かに生まれた隙を見逃すほど呪いの申し子は寛容じゃない。ばっと両手を振り上げた弓月はベテルギウスに飛びかかった


「覚悟しろよくるくる金髪! お前らが俺を悪の使い魔と呼ぶなら、それらしく残虐の限りを尽くしてやるからな!!」

「ぎゃああああああ誰かあああ!!」

「ふっははははははあ!」


 自慢の金髪を振り乱し逃げ惑うエルフと、恐ろしい死の宣告をもたらす携帯端末(2038年度版

、ブラックver.)を掲げ追い回す悪の使い。ベテルギウス付きの兵士達も悲鳴を上げて散り散りに逃げていく。


「死にたくなければ飯をよこせぇ!」





 という顛末なのだ。

 どう考えてもやむを得ないと思う。多少やりすぎかなと思わないこともないが、まあそれはそれ、これはこれ。マイナススタートの好感値がさらにめりこんだ気がしないこともないが、それもそれだしこれもこれだ。何度も言うが弓月ゆづきは悪人でも極悪人でもない。


(嫌われたいわけじゃないけど、いまこの現状で好感度稼いでも焼け石に水だろうし)


 いつか挽回すればいいや。神官を下敷きにして座り込みつつ冷静に頷いた。


「よーしよしよし大人しくしな」

「うっ………うぅ………っ」


 追いかけ回して早一時間。勝利の女神は呪いの申し子に微笑んだ。咲き誇る花々、生い茂る緑、うるせぇ怪鳥―――まだいたのかこいつ―――が集うだだっぴろい中庭にて、ベテルギウスはうつぶせに組み敷かれていた。さきほどの威勢はどこへやら、孤独にしくしく泣いている。もちろんその他の兵士どもはとっくに逃げた。


「くっ………好きにするがいい悪魔よ…だが、私は神へと身を捧げた者。体は好きにできても心までは好きに………」


 なんか女騎士みたいなことを言いだした誇り高く気色悪い神官を無理矢理立たせ、「部屋に案内しろ」と弓月は命じる。


「まさか私の部屋の寝台で………!? 悪趣味な!」

「マジで呪うぞお前!! 全然ちげーよお前のもんを食わせろってことだよ!!」

「私を……食べる…!?」

「なんなのお前……!?」


 一向に話が進まず、すったもんだする空気にあてられたのか怪鳥までもばさばさ喚き出す。二人と一匹、広い中庭でぎゃあぎゃあ騒いだ。こんなことならもっと言うこと聞きそうなの取っ捕まえればよかった、と弓月は早速後悔しはじめたその時だ。


「お前のような男に好き勝手されてたまるか!! 風精霊シルフ!!」

「おうわっ!!」


 下から突如巻き上がった突風にバランスを崩した。思いっきり放り投げられた弓月とは対照的に、風はベテルギウスを守るように舞っている。

 窮鼠猫を噛むとはまさにこのことだ。


風精霊シルフよ、呪いの申し子から黒き魔導具を取り上げろ!」


 ベテルギウスが命じた途端、槍のような鋭い風が弓月の手を打ち最終兵器を上空へと巻き上げた。


「あー! てめぇ!!」


 いくらだと思ってんだ! これだから原始人はいやになる!

 最悪はまだ続く。空高く舞った携帯端末は、強風によりいたずらに落下予測地点を左右させられ、最終的に――――


「ギョオオオアアアァアァァア!!」


 怪鳥の口内へボッシュートされた。

 

「あっ」

「まじかっ」

「ギョエエエェエエエエェェェエ!!!!!」


 さーっと青ざめるベテルギウスと、突然の餌に叫び狂う怪鳥。青ざめたいのも叫びたいのもこちらだ。携帯端末の賠償責任問題をじっくり問いつめたいところだが、急展開はそれを許さない。怪鳥を大地へ縫い止めていた鎖がミシミシ嫌な音を立て始めたのだ。


「おい! くるくる! やべえんじゃねぇのかあれ!」

「ま、まずい……城が壊れる……」

「お前どうにかできないのか!? 魔法とやらで!」

「あの怪物は風属性だ! 水精霊ウンディーネ火精霊サラマンダー使いを呼ばねば!」


 そう叫ぶベテルギウスには悪いが、残念ながら、先ほどの騒動で兵士なんて全員どこかに行ってしまっている。弓月は陰湿な因果応報を最悪のタイミングで思い知らされた。


(ああくそ、捨て身の特攻しかないか…!?)


 こんなところで残機を無駄にするはめになるとは、とんだ誤算だ。

 破壊まで秒読みの哀れな鎖を認め、弓月は軸足に力をこめる。たどり着くのが先か、壊れるの先か――――


「…………っ」


 走り出した弓月の頭上を、不意に大きな影が横切った。


「え?」


 人だ。深くマントを被っていて、男か女か判別はつかない。ただひどく小柄な体躯だった。

 危ないと言いかけた弓月は、次の瞬間起こった惨劇に固まった。


「伏せててくださいね!」


 そう叫び着地した誰かさんは、もう一度大きく跳躍すると体よりも大きい大剣をステッキでも扱うかのごとく軽々と振り回し、怪鳥の長い首を抉る。なお暴れる羽を器用に避け、目にもとまらぬ速さで大剣を一回転させた。

 一秒後、怪鳥の鱗に覆われた足から血が噴き出してどさりとくずれ落ちる。弓月は、ああ腱が断たれたのかとこの時やっと理解できた。


「大丈夫でしたか?」

「………すげー」

「えへへ、ありがとうございます」

「うん、返り血もすげーぞ」


 どうせ元から血塗れだ。上着代わりのブレザーで命の恩人の顔を拭って上げた。弓月より少し低い位置にある、マントの奥から漏れるくすぐったそうな笑い声は高くあどけない。十四か十五そこらだろうか。


「あのう、あなたが《片割れ》さんですか?」

「……なんで?」

「黒髪だから!」

「ご名答」

「わ! やっぱりだー」


 嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる小さな体に合わせて背負われた大剣もぶらんぶらん揺れる。まるっきり無邪気なその仕草からは皮肉や嫌味なんて感じられず、思わずこんな状況なのに吹き出してしまった。


「僕、あなたに会いたかったんです」

「ええ? なんでわざわざ」

「あなたが呪い持ちさんだって聞いて」


 マントがひょいと外され露わになった顔は、少女めいた少年のものだ。整ってはいるが、美しいより可愛らしいという感想が先に立つ。興味津々なくりっとした黒眼・・を弓月に向け、短い黒髪・・を揺らし笑いかけた。


「スピカ・ヴァーゴっていいます。あっ追放されたからただのスピカか! 隣国「軍事帝国」からの流れ傭兵です!」


 可愛らしい傭兵スピカは、重そうな軍靴を脱ぎ散らかし、予想通り《呪紋》に覆われた両足を指差した。


「僕が、当代の《献身の呪い》なんですよー」



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