第21話 帝王と乗っ取り計画


 平均的なAランクブレイブの数倍という、尋常ではないフォトン出力の高さを誇る事を示したフレイヤは、未だ幼いながらも“特例”としてうちの学園に通う事となった。

 当然色んなところから文句は来るだろうが、如月家の圧力と、学園長自らフレイヤのフォトン出力を計測したという事実がある以上、封殺は容易。気にすることもねぇ。


 そんなわけで、今俺はフレイヤを預けるために一年Fランクの教室へと向かっている。新しく入る以上、一年生として扱うのが妥当だろう、という学園長の判断があったためだ。


「一年、一年か……誰か居たっけか?」

「ご安心ください。いざという時に備え、如月家の支配下にある、教育済みの人間を潜り込ませてあります。そちらにフレイヤ様の世話をさせましょう」

「ああ、そんな奴も居たな。俺ぁほとんど顔を合わせた事は無かったはずだが」

「はい。達人様の御眼鏡に叶うほどの素材ではありませんので」

「そうか。いざという時はフレイヤを守れるんだろうな、あぁん?」

「問題はないかと。あれはそういう意味では優れた能力を持っておりますから」

「ならいい。てめぇが言うんだから間違いはねぇだろう」

「恐れ入ります」


 疲れたのか、すやすやと寝息を立てているフレイヤを背負い、彼女を起こさないように美央と会話をする。

 一年の教室にフレイヤを一人残すわけにもいかねぇし、誰か信頼できるような奴は居たかと聞いてみたが、さすが我がメイド。こういう時に備えて手の者を入らせてあったらしい。俺はすっかり忘れていたがな。


 ちなみに、美央は如月本家のメイドであり、その中でも次期当主である俺の専属である事から、実は我が如月勢力の一員としてはかなり高い立場にある。

 如月家が影で支配している大企業や関連組織の人間に命令をでき、彼らの子供を“引き取って”教育する事が許されている程度と言えば、より分かりやすいか。


 そして、一年Fランクの教室に着いた。


「高宮兄妹はいますか?」


 美央が早々に誰かの名……というか兄妹だったか。とにかく、そいつらを呼ぶと、すぐに現れた。


「はい、美央さん!」

「はい……って、あわわわわ!? ま、まさか、隣におられる方は、如月達人様!?」


 忘却の彼方にあった記憶によると、この二人の男女は高宮マテリアルという大企業の長を親に持ち、五年ほど前、その親に手土産として俺に献上された双子だ。

 特に惹かれるモンが無かったから美央の奴に丸投げしていたんだが、それを教育していたってわけだな。


「よぉ。たしか久しぶりだったはずだな?」

「はっ、はい!」

「お久しぶりでございますです、達人様!」

「達人様。フレイヤ様の事は通達済みですので、話はすぐに通るかと。そうですね、二人とも」

「「はいっ!!」」

「そうか」


 まぁ今更フレイヤをどうにかしようと思っているような奴なら美央が使ったりはしないし、信用してもいいだろう。

 眠っている所を起こすのはかわいそうだが、マイリトルエンジェルに声をかけるとするか。


「おーい、フレイヤ。起きろぃ」

「……ぅ? パパ、おはよー……」

「おう、おはよう。学園長の話は覚えてるな? 今日からフレイヤはこの教室でお勉強するんだ。で、そこにいる双子が面倒を見てくれるから、積極的に使っていけ」

「パパは……? うぅん、パパはちがうところでおべんきょうしてるんだもんね。わかった、フレイヤがんばる!」

「おう、頑張れ。大丈夫だ、いつも見守ってるからな。危ないことがあったらすぐに俺かママか美央に言うんだぞ?」

「うんっ!」


 少しばかり寂しそうなのが心に痛いが、あまりにも健気なフレイヤの姿に、場が和んだ。


「……お前ら、名前は」

「はいっ! 高宮涼介です!」

「た、高宮しずくです!」

「そうか、覚えておく。フレイヤの事、頼んだぜ」

「「はいっ!! お任せ下さい、達人様!」」


 元気よく答える涼介としずくに対して頷き、フレイヤの頭をさっと撫でてから、美央と共に教室を後にした。


 他の一年坊主どもが呆気にとられていたようだが、まぁいいだろう。



「さて、と。美央」

「はい」

「西条から聞いたが、奴の会社で独自にグゥルの情報を掴んでいたらしい。何でも、日本のどこかでグゥルの姿が撮られたそうだ」

「……! も、申し訳ございません! 他社に先を行かれるとは、痛恨の極みで──」

「うるせぇ。いいからとっとと調べろ」

「は、はいっ!! すぐに!」


 まったく、事もあろうにうちの息がかかっていない西条電機に先を越されるなんざ、とんだ失態だぜ。万が一既にグゥルは始末済みです、情報も搾り取ってあります。なんて言われてみろ。うちの権力が多少なり落ちちまう事は確実だろうさ。


 普通ならお仕置き案件なんだが、事が事なだけに、時間が惜しい。グゥルがまだ表に出てきていない内に始末しないと、世間が騒ぎ出すだろう。そうすりゃ面倒な事になるのは間違いない。


 大慌てで去っていく美央の背を眺めながら、どう動くべきかを考えていく。

 グゥルとの戦争がまた起きた際、権力が分散してバラバラに戦うハメになったら、各個撃破されるのがオチだ。だからこそ、如月家が日本の実権を握り、まとめて動かせる状態を保っておかなければならねぇ。


 西条を利用して、西条電機を上手く掌握できればいいんだが……。

 さて。


「美和ちゃん、今暇か?」


 美央はつい先程走らせたばかりなわけで、そこに追加指令を出して中途半端な結果に終わるんじゃ意味がねえ。

 少々気は引けるが、実家にいる美和ちゃんを動かすとしよう。


『達人様? どうなされました?』


 電話越しに、美和ちゃんの優しい声が聞こえてくる。

 思わずのほほんとしそうになるが、ここは心を鬼にしねぇとな。

 あーあ、予想より早く実家を継ぐハメになりそうだぜ……。


「西条電機を乗っ取るぞ。段取りはお前に任せる」

『……畏まりました。妹の報告によりますと、学園に西条電機の御息女が在学中だとか……』

「ああ。もう俺の派閥に組み込んだも同然だし、使って構わねえ。どうやら奴さん方はグゥルについて詳しいようなんでな」

『左様でございますか。では、早速御息女と接触致しますね』

「頼む。ああ、体は大丈夫か?」

『問題ございません。まだまだ妹より何倍も働けますよ。ふふっ』

「そりゃぁ頼もしい。悪いな、妊婦を働かせちまって」

『何を仰いますか。私も妹も、達人様の所有物でございます。如何様にもお使いくださいませ。それが私共の喜びでもあります』

「ああ、ありがとよ」

『うふふ、はい。それでは……』


 相変わらず照れくさい事を平気で言ってくる美和ちゃんに苦笑いしつつ、電話を切った。

 これで西条電機がうちの傘下に入るのも時間の問題だ。後は、グゥルがいつ動きを見せてくるか、だな……。



 そして、一週間後──。





 優奈を生徒会長に据えた、新たな生徒会が発足。

 俺は副生徒会長の椅子に座り、レイナたちも予定通りメンバーに置く事が出来た。


 こっちは順調だが、さて。


「達人様、皆様も。ご報告がございます」

「ご苦労、美央」

「はっ。遅れまして、申し訳ございません」

「気にすんな」


 よし。美央の方は無事に終わったようだ。となると、美和ちゃんも十中八九……。

 西条が複雑な表情で俺を見ているのがその証拠だろう。


「失礼します。達人様、完了しました」

「お、お姉様?」

「ご苦労、美和ちゃん」

「うふふ、ありがとうございます」

「メイド服……? 何、達人くんの知り合い?」

「メイド服着たまま学校来るって……。しかもここ生徒会室……あ、いえ。何でもないです……」

「あっ、ミワさんだ!」


 突然の姉の登場に驚く美央と、初めて会う事から困惑している様子の優奈たち。

 既に実家で顔を合わせているレイナは、少し嬉しそうだ。


 さて、まずは美和ちゃんの報告から聞くとしよう。


「美和ちゃん」

「はい。西条電機の代表と“お話”をしまして、無事に我々の傘下に入る事となりました。グゥルに関する研究成果も回収できましたので、どうぞご確認ください」

「ああ、ご苦労」

「えっ!? 西条電機って、西条さんの実家でしょう!? グゥルに関する研究成果って……どういう事!?」

「ちょ、タツト! アタシ聞いてないんだけど!?」

「うぅ、複雑な気分……。わたしも達人様~とか、言わなきゃいけないの……?」

「さすがです、副生徒会長。影できっちりと動いていたんですね」

「だー、うるせえな! 一気に喋るんじゃねえよ! 説明してやっから黙ってろ!」


 口々にキーキー喚き出したレイナたちを黙らせ、事情を説明してやった。

 生徒会のメンバーでもある西条の身内を乗っ取った事に関しては思うことがあるようだったが……主に優奈が。まぁ、とりあえずは納得したらしい。


 美和ちゃんが机の上に置いた“グゥル研究の報告書”とやらを眺めつつ、続いて美央からの報告を聞く。


「美央」

「は、はい。日本にグゥルが出現したという件に関して調べるようにと、達人様からの命を受けていたのですが……」

「えっ、日本にグゥルが!?」

「黙ってろ、優奈」

「はぅ。ご、ごめん……」


 案の定、グゥルが日本で撮影された事を知らない優奈たちは驚いた様子で、今行われているのが相当に重要な案件だと気付いたらしい。

 さっさと美央に続きを促すことにする。


「まず最初に見つかった場所……西条電機の者が撮影した場所でもあるのですが、沖縄でした。幸いそちらでは何も無かったようですが、九州、四国、近畿と、徐々にグゥルが北上してきている事が分かりました」

「何だと?」

「はい。そう遠くないうちに、この近辺に現れるでしょう。また、他の養成学園の者に目撃される事も充分有り得るかと」

「……ふむ」


 グゥルが一般人に見つかったとありゃあ、それは大層なニュースになるはずだ。それがまだ無いし、報道を握り潰した、なんていう知らせも来ていない以上、グゥルは人目につかないように移動していると考えられる。


 目的は何だ?

 日本の心臓部である、東京を強襲する事か? にしても、わざわざ隠密行動をしているっつーこたぁ、数は少ないと見るべきか?


「確認できた限りでは、ごく少数で動いているようです。また、かつての資料からしますと、大型のグゥルはいません」

「小型が少数で移動してるってわけか」

「はい。戦闘は避けましたし、奴らがこちらに気付いた素振りも見せませんでした」

「ふむ……」


 昔の情報ではあるが、グゥルってのは身体が大きければ大きいほど、その戦闘能力も高いとされている。つまり、確認できている限りでは雑魚がコソコソとしているに過ぎない。


 だが、油断はできねえ。

 こちらの情報が古すぎる以上、今では小型であってもべらぼうに強いグゥル、なんて奴が居ても不思議じゃねえんだからな。


「以上になります。達人様、どうなさいますか?」

「民間人に被害が出る前に駆除しておきてぇところだが、グゥルに関しての情報が古すぎて何とも言えねえな」

「達人様。それに関しましては、私が回収した研究成果の資料をご覧頂ければ、と。多少は参考になるでしょうから」

「ああ。それじゃあひとまず全員近くに来い。資料ってヤツを見てみようぜ」

「うん、そうだね。これは本当に気を引き締めないと。もしかしたら、戦争の前触れかもしれないよ」

「ああ」

「な、なんだか緊張するわ……」

「ふん、今更何を。怖かったら達人……様に席を譲って、生徒会から引っ込めばいい」

「う、うるさいわねっ!」

「あら。一応様付けする程度の分別はあるのね、西条のお嬢さん」

「…………むぅ」


 ぎゃーぎゃー騒ぐ優奈たちが微妙に鬱陶しいが、まぁガチガチに緊張して動けないっつーよりはいいだろう。

 レイナの言う通り、俺だけでも気を引き締めておかねえとな。


 そして、俺たちは西条電機から回収した、グゥルの研究成果の資料を読み耽った。

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