第18話 帝王の娘、学園へ


 フレイヤとの衝撃的な出会いを果たした翌日。

 レイナとフレイヤの希望により、川の字で寝たが、なかなか晴れ晴れとした朝を迎える事が出来た。

 おねしょを警戒していたが、フレイヤはもう立派なレディらしい。


「がっこう?」

「そうだ。いくら“帝王”と呼ばれる俺とはいえ、子連れで登校なんつー常識外れの事をする以上、学園長には話を通しておかねえとな」

「むずかしくてよくわかんない」

「つまりね? ブレイブ養成学園第三っていう、戦い方とかをお勉強する場所の、一番偉い人に会おうって事だよ」

「おべんきょう? わたしもしたい! えーっと、がくえん? わたしもはいりたい!」

「おー、そうかそうか。フレイヤは偉いな」

「えへへー。えらい? フレイヤえらい?」

「偉いぞー。さすが俺たちの子だ!」

「……タツト、すっかり親バカだね……」


 フレイヤは賢い。俺の小難しい表現はまだ理解できないようだが、レイナが分かりやすく表現してやれば、すぐに理解できる。

 要するに俺の扱いが下手くそなだけであり、実家で手慣れているレイナは、一歩も二歩も上だった。


 文句は言わねえだろうが、一応は学園長に伝えておかねえとな。それに、優奈にも話しておく必要があるだろう。

 黒ヶ崎は……まぁいいんじゃねえかな。

 美央は、すぐに頷くだろうし。


 準備を済ませ、三人仲良く手を繋いで出発。目指すは学園。


 あっ、西条にも伝えておく、か?


「パパ、パパー!」

「なんだ?」

「パパはどうしてみみにへんなのつけてるの? すごくいたそう」

「変なの……」

「あはは。だってさ、タツト」


 学園への道を歩いていると、フレイヤが俺のピアスを“変なの”と評してきた。

 生憎これはとても大事なものだからな。例え可愛いフレイヤの言う事だろうと、外すわけにはいかねえ。


「あのな、フレイヤ。これは俺の、一番……いや、三番目に大切な宝物なんだ。だから、見逃してくれねえかな」

「たからもの、なの? ごめんなさい。わたし、ひどいこといった……」

「ハッハッハッ、気にすんなって! 確かに、“変なの”だろうからな!」

「宝物……?」


 前まではこのピアスが、俺の一番大切な宝物だったんだがな。


「ねー。じゃあ、いちばんめとにばんめのたからものはなんなのー?」

「一番目はレイナ。つまり君のママだ。で、二番目は、フレイヤ。君だ」

「……えへへ、そうなんだ」

「一番目……ふへへ……」


 それこそ女神のように美しく笑うフレイヤと、怪しい笑みを浮かべているレイナ。どうしてここまで差がついたのか。


「タツト、何か変なこと考えてない?」

「エスパーかよ」


 女は皆エスパーなのだろうか? 優奈もこういう時、妙に鋭かったよな。

 やはり、あまりよからぬ事は考えない方が身のためらしい。

 世のお父さんは、こうして嫁に逆らえなくなっていくのだろうか……。



「……お二人とも、その子は誰かしら」

「おはようさん、優奈」

「あっ、ユウナ! おっはよーう!」

「だぁれ?」

「パパとママの友達さ。柊 優奈っていう名前なんだ」

「ひいらぎゆうな?」

「ヒイラギが苗字で、ユウナが名前。だから、フレイヤちゃんも“ユウナ”って呼んであげて?」

「うん、わかった! ゆーな、おはよう!」

「お、おはよう」


 俺とレイナが、小さな子供を連れてきた事に驚いているようだ。

 優奈は、いつになくマヌケな顔で佇んでいた。

 ひとまず、昨夜の事とこれからの予定を説明しておく。



「……なるほど。達人くんを見て“パパ”と呼んだっていうのが引っかかるけど、確かに放ってはおけないわね」

「でしょ? だから、うちの子として育てます! こーんなに可愛いんだから!」

「きゃはは、くすぐったいよママ」

「えへへ、それそれー!」


 愛娘と戯れ始めたレイナは捨て置き、神妙な顔を浮かべている優奈に付き合う。


「本当の親はどうしたんだかな」

「手がかりは、何も?」

「ああ。それに、あの子の名前が気になる」

「フレイヤ……。女神ね」

「そうだが、本名はヴァナディースらしい。本人はフレイヤと呼ばれる方が好きだって言うから、望み通りにしてんのさ」

「フレイヤの、別名よね」

「ああ」

「……ただの捨て子なのか、何かがあるのか……。その点でも放ってはおけない」

「そういうこった。ひとまず学園長を脅し……もとい交渉して、フレイヤをできるだけ俺の傍に置いておくようにする」

「わかったわ。そうなると、私もあの子に気を配っておかなきゃね」

「頼む」

「ええ」


 さすが優奈だ。そこそこ付き合いが長い分、ある意味ではレイナより頼りになるぜ。

 果たして子供の扱いに長けているのか、という疑問はあるが、こいつなら何とかなるだろう。


 そして四人で通学路を歩いていると……。


「……おはよ。その子は誰? 達人の隠し子か何か?」

「おー、西条か。もう退院したんだな」

「朝イチでね。昨日の時点で、怪我は既に治っていたし」

「えーっと、ナツキ! おはよう!」

「西条さん、おはよう。早いのね」


 珍しく、登校途中らしい西条と出会った。学園の外でこうしてばったり出会すのは珍しい。

 病院の最先端医療のおかげもあって、もうすっかり元気になったようだ。ま、同じぐらいボロボロだった優奈が、そもそも元気だしな。


 西条にもフレイヤの事を説明し、何かがあったら協力してくれないかと打診してみた。ぶっちゃけ十中八九断られるだろう、と思っていたんだが……。


「そういうこと。別にいいよ。子供はわたしも結構好きだし」

「えっ、いいのか?」

「何? それぐらいの頼みも断るような冷たい奴だとでも思っていたの?」

「お、おう。すまん」


 あっさり頷かれた。

 なんだか拍子抜けだ。

 こいつがガキの面倒を見ている姿とか、想像できないんだが……。


 きょとんとした顔をしているフレイヤに、西条の事を説明してやると、人懐っこい愛娘はあっさりと西条に抱きついた。

 あの、常に無表情な西条に。


「ナツキ、きれい!」

「そう? ありがと」

「ママとおなじぐらいきれい! ゆーなもナツキも、パパのおともだちはみーんなきれいだねっ!」

「うふふ、褒めたって何も出ないわよ? なんとなく、こういう所は達人くんに似ている気がするわね」


 無表情なりにふんわりとした雰囲気となる西条と、母性溢れる微笑みを浮かべる優奈。やはり、フレイヤという天使の前では誰もが和んでしまうらしい。


「ふむぅ」

「どうしたレイナ。小難しい顔しやがって」

「いや。フレイヤちゃんはなんだか小悪魔になりそうな感じだよね。女版のタツト、みたいな」

「つまり俺が小悪魔だと?」

「似たようなもんかなー」

「そ、そうか」


 些か分が悪いが、このまま歩いていく。

 もう学園はすぐそこだ。



「わー、おっきーい! ここががくえん?」

「そうだぞ。あ、ママとは一旦お別れだ。クラスが違うんでな」

「えー、そうなの? いっしょにいけないの……?」

「うぅ、ごめんね、フレイヤちゃん……。すぐに上がるから」

「Aランクに上がっても学年が違うから、結局クラスは別なんだけどね」

「うぐぅ」


 寂しそうな顔をするフレイヤと、レイナ。

 まるで今生の別れのようだが、授業さえ終わればすぐにまた会える。ちょっとかわいそうだが、まぁ我慢しろい。


「さて。じゃあ学園長に会いに行くか」

「まぁ、早い方がいいわね」

「ふーん。柊、あんたがグチグチ言わないなんて珍しい。いつもなら“授業にはきちんと出なさい!”とか面倒な説教をするのに」

「うるさいわね、今回は特別よ。だいたい、ブレイブとはいえ学生なんだから授業を受けるのは当たり前の事でしょう!」

「どうだか。達人に今更この学園で受けられる程度の授業なんて不要でしょ。なんでさっさと飛び級でプロにならないのか、不思議なぐらい」

「“ブレイブ養成学園を卒業する事”が、プロになる為の条件でしょうが! 飛び級なんて無いわよ! 確かに、達人くんはムカつくぐらい強いし、頭もいいけど……」

「時間の無駄だって言ってるの。コレを放置しておくなんて、人類の損失よ」

「無駄なんかじゃないわ! 勉強や鍛錬以外にも、同世代の人間との繋がりを作るっていう役目もあるんだから!」

「そんなモン、コイツならどうとでもなるでしょ」

「まったく、ああ言えばこう言うわね……!」

「それはこっちのセリフ」


 うむ。

 優奈と西条の場合、熱い戦いを経て友情が……なんて甘い話は無いらしい。それどころか、むしろ前より仲が悪くなってやがるな、こいつら。


「パパー」

「あん?」

「ゆーなとナツキは、なかよしなの?」

「……いや、どう見ても仲悪いだろ」

「でも、すごくたのしそうだよ?」

「そうか……? いや、そうかもな。ま、こいつらは置いておこうぜ。学園の偉い奴に話をつけに行かねえと」

「はーい」


 エンドレス口喧嘩を繰り広げている優奈と西条は放置し、俺はフレイヤを連れて学園へと入っていく。

 レイナはとっくに教室に向かってるし、今は口喧嘩をしているあの二人も、さすがに遅刻はしないだろう。そこら辺は弁えてるだろうからな。特に、優奈の奴が遅刻するなんて考えられねえ。


 さて。

 学園長室に入るのも随分と久しぶりだな。

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