第17話 帝王の娘……?


 優奈が西条との試合で勝った事により、約束通り西条は立候補を辞退。

 優奈の人気に対抗し得る唯一の存在が消えた事により、当選は確実なものとなった。


 第一段階はこれで完了だな。


「にしても、派手にやられたなぁオイ」

「うるさい。馬鹿にしに来たなら帰って」

「ククク、悪ぃ悪ぃ。だが、普段の無表情で何考えてんだかわからないお前よか、今のむくれたお前の方がよっぽど魅力的だぜ?」

「……またそうやって。簡単にそんな事を言う。わたしは騙されないから」

「事実を言ったまでさ。ほらよ、リンゴだ。食え」

「……ありがと」


 今俺は、優奈にやられた傷を治すために病院送りとなった西条の病室に来ている。

 この病院は学園のすぐ側にあり、試合で負傷した生徒を治療し、“万が一”を起こさせないためにある。

 他の学園でもこう言った病院が併設されているのが常識であり、ブレイブ養成学園の分校を設立する上での最低限の基準となっている。治療する施設がなきゃ、死人が出放題だからな。当然、この病院や他んとこにも、重症患者をあっという間に完治させる、“超再生カプセル”がある。

 だからこうして看病する意味は特に無い。なんたって、入院してカプセルで治療したらすぐ退院できるんだから。


 でもまぁ、西条みたいな奴でも、心に入り込むにゃ適しているだろう。そんな打算もあって、今俺はここにいるわけだな。


 ずっと勝ち続けていた優奈を相手に負けた事がショックだったのか、ただ単に負けず嫌いなだけなのか。西条はずーっとしかめっ面を浮かべている。


「あんた以外に負けるなんて思わなかった」

「そいつぁ天狗になりすぎだわな。人間ってのは成長する生き物だぜ? 今まで勝ち続けていたからと言って、未来永劫そうなるとは限らねえんだ。いや、誰だっていつかは負ける。ピークを過ぎれば後退に転じるんだからよ」

「わたしはここまでだって言いたいの?」

「いーや? ただ、今回は優奈の努力がお前を上回ったってだけさ。それと、運だな」

「努力なら……してる……」

「一人でやるより、誰かに協力してもらった方が効率いいぜ? お前、ずっとあの旧競技場でやってたんだろ。友達いねえもんな」

「う……うるさい!」


 図星だったか。やっぱりこいつ、ぼっちなんだな。いっつも一人で居るから、そうなんじゃねえかとは思っていたが。

 まぁ無理もねえな。こいつ、寄ってくんなオーラが凄まじいんだもんよ。


「……あんたも」

「あん?」

「あんたも、誰かと一緒に鍛えて、強くなったの?」

「兄妹だったり、執事だったり、メイドだったり、だな。生憎、強くなりすぎて誰もついてこれねえから、一人で自主トレするようになって久しいが」

「……わたしには、誰もいない」

「家族はどうしたよ」

「お母さんは死んだし、父親はわたしの事なんか見向きもしない。“いつまでも一位になれない貴様に価値など無い”だって。顔を合わせる度に、父親からはそう罵倒されてる」

「なるほどな。だから俺を倒すことに拘ってるのか。父親に褒めてもらいたくて」

「……笑っちゃうね。あんたどころか、あの女にすら負けるような奴が、何を夢見てるんだか」


 しかめっ面から打って変わって、今にも泣きそうな顔を伏せ、消えそうな声で弱く呟く西条。

 何度負かしても、ボコボコにしても、俺に挑戦する事を諦めなかった理由は、何の事はねえ。ただ、父親に認めてもらいたかっただけ、か。


「お前は強えよ」

「うるさい」

「本当だっつーの。効率は悪いが努力もしてるし、才能もある。だから、他の誰が認めなくても、この俺が認めてやる」

「…………」

「お前は充分頑張ってるよ。だから、もうちっと肩の力を抜いてもいいんじゃねえか?」

「……あんた、嫌い」

「おいおい、ひでぇな」

「だって、そうやってすぐに人の心に入り込んでくるから……」


 今まで溜め込んでいたモンが溢れてきたんだろう。西条はついに泣き出した。

 俺はただ、珍しく弱音を吐きまくる彼女の頭を撫でて、聞くに徹しておく。

 吐き出せる時には気の済むまで吐き出せばいいのさ。決壊するまで溜め込む必要はねえ。


 しばらく泣いた後、西条は恥ずかしそうに礼を言ってきた。

 なかなか綺麗な笑顔を見せてくれたし、コイツもこれで変わるんじゃねえかな。


「如月達人」

「何でフルネームなんだよ。呼び捨てでいいよ」

「……達人」

「おう」

「改革、するんでしょ」

「そうだな」

「わたしも、生徒会に入れて」

「大歓迎さ。まあ、優奈が頷けばの話だがな。一応、会長になるのはあいつだし」

「実際のリーダーはあんたでしょう」

「まぁな。じゃ、精々ゆっくり休みな」

「……いや」

「あん?」

「泣き顔を覗いた責任、取って」

「……素直に言えねえのかお前は。まぁいいけどよ」


 コイツの言ってることを翻訳すると、“寂しいから一緒に居て”だろう。

 顔でバレバレだぜ?


 結局、西条が疲れて眠るまで、俺は彼女をあやし続ける事となった。

 世話の焼けるお嬢様だ。





 夜、俺の部屋にて。


「……そんなこんなで、帰るのが遅くなりました。お許しください、レイナさん」

「……あなたは女をタラしこまずにはいられない病なの? それ、絶対ナツキも惚れたよね。いや、むしろもっと前から惚れてたのかな」

「お許しくださいレイナさん」

「……バカタツト」

「お許しくださいレイナさん」

「もう、わかったわかった。気分転換に散歩でもしよ?」

「かたじけない」


 西条がなかなか俺を離してくれず、病院の面会時間ギリギリまで拘束され、いつもならとっくに帰って部屋でレイナと戯れている時間に帰宅した事から、嫁さん激おこ。事情を説明する事を強いられ、今に至る。


 俺は悪くねえ! 俺は悪くねえっ!


「ほら、いつまでロボットになってるの。行くよ」

「あっ、飯は……」

「後で」

「アッハイ」


 恐怖の大王モードから、ちょっと怖い嫁さんへと落ち着いたレイナに連れられ、夜の道を歩く。

 冷たい風が頬を撫で、晴れやかな気分にさせてくれる。散歩もたまには悪くねえな。


「んー、気持ちいい夜だね!」

「そうだな。星も綺麗だし」

「これから忙しくなりそうだけど、たまにはこうやってゆっくり歩きたいねー」

「さすがに夜は時間あるだろ。散歩ぐらい、いつでもできるさ」

「あはは、そうだね。あっ、公園だー!」


 小さな公園を見つけ、まるで小学生のようにはしゃぎ出すレイナ。しかしそのダイナマイトボディは健在で、アンバランスさが半端ないエロスを醸し出している。


 しかし、ふとそのレイナが何かを見つけた。


「……タツト」

「どうした?」

「女の子……だよね?」

「あん?」


 レイナの視線を辿ると……。




 ……なぬ?


「女の子……だな」

「迷子……?」

「迷子にしても、公園で寝るか?」

「それに、見たことない服だよね」

「外国のブランドか何かかね? それにしても、俺やお前が見たことないってのも考えにくいが……」

「子供の服だから、かも」

「そう、かもな」


 公園にある砂場のド真ん中に、赤いメッシュが入った金髪が特徴的な、小さな女の子が眠っていた。見た目からして、恐らくは小学生ぐらいの歳だろう。

 黒く、ひらひらとしていて、肩は肌が露出しているのに袖の先端部分はしっかりとあるという、なかなかに奇抜な服を着ている。


 夜の公園に小さな女の子が眠っているという、奇妙な光景を前に、俺とレイナは二人で首を傾げた。親はどこに行ったんだ? まさか、捨てられたのか?


 そして、女の子が目を覚ました。


「う……ん……」

「あっ、起きたみたい!」

「よぉ。君みたいな小さな子が、夜の公園で寝てちゃ危ないぜ?」

「…………」


 状況が飲み込めていないのか、辺りをキョロキョロと見回す女の子。

 やはり、捨てられた線が濃厚だな。


 そんな風に呑気に考えていたが、女の子が放った爆弾発言に、俺とレイナは仰天する事になる。


「……ぱぱ?」

「……………へ?」

「……ぱ……ぱ? えっ、まさかタツトの子供!? えっ、こんなに大きい子が!? だ、誰の子さ!?」

「違う違う! 俺にはこんな、小学生ぐらいのガキなんていねえぞ!? 生まれててもまだ乳幼児だっつーの!」

「……ぱぱじゃ、ないの?」

「……うっ」


 ぱぱ? パパ!? 俺が!? いやいやいやいや、ねえから! さすがの俺も、この歳にして小学生のガキなんているわけねえだろ! 年齢が合わねえよ!?

 だが、女の子が涙を浮かべて上目遣いで、悲愴感溢れる痛ましい表情を向けてきた事で、ついつい流されてしまう。


「俺が君のパパだよ……!」

「えーっ!?」

「ぱぱ……。パパー!」


 先ほどから転じて、すんげぇ嬉しそうな顔で俺に抱きつく女の子。

 なんですかこのカワイイ生き物は?


「……じゃあ、ママ?」

「……うん、そう! アタシが君のママだよ! おいでー!」

「ママっ! ママー!」


 レイナも俺と同じように流されたようで、ついついママだと口走っていた。それどころか、自ら女の子を抱きしめる始末。

 いやぁ、どうするよこれ?

 学園に連れてくか? いやいや、どう説明すればいいんだよ、色々と。


「……君の名前は?」

「なまえ? わたし、ヴァナディース! でも、フレイヤってよばれるほうがすき!」

「……フレイヤ、ヴァナディース……」


 どういう偶然だ? 本当の親があやかって名付けたのだろうか?

 フレイヤ。神話に語られる月の女神であり、美や豊饒、そして戦いなどを守護すると言われる存在でもある。

 その女神の別名が、ヴァナディースだ。


 ヴァナディース……いや、本人の意向を汲んでフレイヤと呼ぶか。とにかく、この女の子は只者じゃねえ気がするな。

 打算的な意味合いも込めて、俺が保護しておくのが賢いか……?


「じゃあ、フレイヤ」

「うん! なぁに、パパ?」

「とりあえずお家に帰ろうぜ? いつまでもこんな所に居たら風邪ひいちまうぞ」

「はーい。おうちにかえるー!」

「フレイヤちゃん、手を繋ごうね。はぐれちゃうよ?」

「うん! パパとママといっしょー!」



 生徒会の掌握と、フレイヤとの出会い。

 闇で蠢くグゥル。

 世界は、これから急激に動き始める。

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